「右」にまつわるミニレクチャー

「『羅生門』の右手」(日本語日本文学専攻)

 芥川龍之介の小説「羅生門」(『帝国文学』大4・1)では、本文に「右」の語が5回、「左」の語が1回、使用されています(「右」に比重が置かれています)。
 使用されている場面は、「下人」が「太刀」で「老婆」を脅す場面で、「右の頬」の「にきび」を「右手」でいじっていた「下人」は、「右手」で「太刀」を抜きます。また次に、「太刀」をおさめると、「左手」で柄を押さえて、「右手」で「にきび」を気にします。そして遂には、「太刀」を握り「にきび」を触っていた「右手」で老婆の首根っこを掴み、引き剥ぎという暴力的な犯罪をおかすことになるのです。
 このように、小説「羅生門」では、「太刀」を握り、老婆の首根っこを掴み、遂には引き剥ぎを行う「右手」は、まさに「暴力」と結びつけられていると言えます。
 ここで、例えば小森陽一『大人のための国語教科書』(角川ワンテーマ21新書、平21・10)で指摘されているように、「下人」が「羅生門」まで歩いてきた「朱雀大路」が平安京を「左京」と「右京」に分ける線(天皇・律令制のまなざし)であることを重視して、小説「羅生門」に内包されている権力や暴力の関係を考察することも可能ですが、このミニレクチャーでは、「にきび」に象徴される性の問題や、普段、道具や武器を使用することが多い「右手」の穢れ・日常性の問題を示唆して、「右」の定義・説明を考えるヒントとしました。

 

「左なのに右京?」(歴史学専攻)

 現在、京都市の地図を広げてみると、地図の「左側」に「右京区」と書かれた地域を見ることができます。逆に地図の「右側」、鴨川の東には「左京区」と書かれています。「地図の左の地域なのに右京?」と疑問をもった人も少なくないのではないでしょうか。
 この右京・左京の配置は、平安京の造営と深い関係があります。794年に今の京都の地に都が遷された時、平城京の条坊制を踏襲して都市計画が進められました。宮城となる大内裏を都の北側中央に置き、そこから南に向かって朱雀大路を通し、朱雀大路で分断されるエリアは、東を左京、西を右京とし、それぞれに京識を配して統治しました。
 では、なぜ東が左京で西が右京となったのでしょうか?
 古代中国で書かれた書物『論語』の中に、「天子南面」と書かれた箇所があります。これは、皇帝など統治者は、南方から照らされた太陽によって都をはっきり見ながら玉座に座ること、つまり、南面=南に向かって座って政治を行うことを示しています。その際、皇帝の太陽が昇る方角=左手側を上座とし、太陽が沈む方角=右手側を下座としたのです。そうすると、平安京の朱雀大路より東側は、統治者(天皇)から見て左側(左京)、西側は右側(右京)となるのです。
 現在は、「地図は上が北」という決まりに則って書かれ、皆がその視点で見るので「地図の左に右京」という一見矛盾に思える表記を目にするのですが、その場所が作られた歴史を紐解き、当時の思想を理解することによって、今につながる本来の意味に気付くことができるのです。

 

「お願い事は右から」(心理学専攻)

 イタリアで、こんな実験がおこなわれました。騒がしいナイトクラブで、女性が相手の耳元に「たばこを一本くださる?」と話しかけます。話しかける相手は男女それぞれ88人、合計176人が無作為に選ばれました。ただし、男性と女性の半数には左耳に、残りの半分には右耳に向かって話しかけたのです。実験の結果、お願いを聞いてくれた人数は、左耳から話しかけた場合は17人だったのに対して、右耳から話しかけた場合は34人。左耳の倍の人数だったのです。どうしてこういうことになったのでしょう?
 「両耳分離聴」という心理学実験があります。右耳と左耳に同時に違う情報を流して、どちらの情報をきちんと処理できたかを確かめるものですが、この実験では、多くの人は右耳の情報を優先的に処理していることがわかっています。このような偏りが起こるのは、ヒトの脳の働きと関わりがあります。ヒトの大脳は、右半球と左半球に分かれていて、ほとんどの機能は左右にそれぞれ対称にそろっていますが、言語を司る機能は、ヒトのおよそ9割で左半球にしかありません。大脳の右半球は左半身を、左半球は右半身を司るので、言語機能がある左半球には右耳からの情報が届きやすいと考えられているのです。
 さらに、左半球は積極的でポジティブな感情と同調し、右半球は否定的でネガティブな感情に同調していると主張する研究者もいます。だから、右耳に話しかければ、そのお願い事は、積極性と同調する左半球に届きます。
 そういうわけで、「お願い事は、右から話しかけた方が、左から話しかけたときよりも受け入れてもらいやすい。その理由は、お願いをした言葉が右耳から入ると、ポジティブな感情と結びつきやすく、言葉を処理するのが得意な左半球に届くから」ということになるのです。