「女」にまつわるミニレクチャー

「明治のベストセラー小説に見る〈女学生〉」(日本語日本文学専攻)

 「女」とは何でしょうか。日本語日本文学分野では、現実に目の前にいる女ではなく、女に関する〈ことば〉に注目し、それがどのような意味をつくり出しているか考えます。今回は、明治30年代に新聞や雑誌などのメディアを大いに賑わし、小説のヒロインともなった「女学生」を取り上げてみました。
 大雑把に言うと、江戸時代、女に望まれたのは、親や夫に従順であることで、女が教育を受ける機会はごく限られていました。しかし明治になると、すべての国民に教育の必要がうたわれ、おおやけに女子の生徒・学生が誕生します。家庭的に恵まれた女子は、義務教育の小学校の後、(高等)女学校に進むことができました。
 
 髪には幅広リボン、海老茶色の袴、自転車をさっそうと乗り回す――これが女学生スタイルの定番です。大和和紀のコミック『はいからさんが通る』の紅緒さん、でわかりますか? (当日うなずいてくれた人、ありがとう!)活動的でフレッシュなその姿は注目の的となり、新時代の到来を人々に実感させたはず。しかしまた、女学生を見る視線には、憧れや好奇心ばかりでなく、女子が解放的にふるまうことに対する反感や非難も込められていました。
 これは、当時新聞に連載されて大ヒットした小杉天外の『魔風恋風』(1903)の筋からも確認できます。才智と美貌を兼ね備えた女学生・萩原初野は、保護者であるケチな義兄に学問することを否定され、学費を断たれてしまいます。なんとか卒業して自立したい初野ですが、援助を申し出る男は当然のように代償(何を指すかわかりますね)を求める。一方、初野は心配してくれる大学生と恋に落ちるも、彼は親友の婚約者。この恋は? 学費は? 結局初野は幸せになれず、急死します。独立心の強い女学生をいじめ抜くストーリー展開に、人気が沸騰したのはなぜなんでしょう。
 目立つものはバッシングされる。生意気で魅力的な女学生だからこそ、その不幸が見たいという黒い欲望を当時の人々(半分は男です)は抱いたのですね。それをじんわり実現して見せたところに、この小説の成功の一因はありました。
 女学生は、ただの「女」の「学生」ではありません。時代や人々の思惑をさまざまに読みこんだイメージのかたまりなのです。さてここから、あなたは何を引き出しますか。

 

「弱きもの、その名は女」……?(英語英米文学専攻)

 「弱きもの、汝の名は女なり」という表現は、諺のように、他の日本語に馴染んでしまっていますが、もともとは、イギリスの戯曲家、ウィリアム・シェイクスピアの『ハムレット』で、主人公が口にするセリフ、 “Frailty, thy name is woman”の日本語訳です。女性擁護のためのセリフと誤解されることも少なくありません。
 実際、シェイクスピアが活躍した16世紀末から17世紀初頭は、女性は社会的にも経済的にも弱い存在でした。とは言え、シェイクスピアが描く女性のすべてが弱いわけでは決してありません。『マクベス』で、夫の野心を煽り、現王の殺害を示唆するマクベス夫人、『ヴェニスの商人』で、法学者に扮装し、商人アントーニオを窮地から救うポーシャ、『十二夜』で、これまた男装で困難を乗り越えていくヴィオラなど、むしろ男性の先に立つ強さを持つ女性も見受けられます。『ロミオとジュリエット』でも、悲劇的な死に至るとは言え、14歳になるかならないかという若いジュリエットがとる行動には、ためらいがありません。
 そして、シェイクスピアから約200年を経て、18世紀の末には、精神的に自立した女性像が、女性自身によって描かれるようになりました。とりわけ、ジェイン・オースティンは、小説の発展に大きく貢献し、今にいたるまで、男女を問わず、続く作家たちにもはかり知れない影響を与えています。
 英文学の世界では、ただか弱いどころか、行動力のある大勢の女性に出会うことができるのです。

 

「王権とジェンダー―二人の女王」(歴史学専攻)

 歴史学を通じて「女」を定義する方法は、多様に存在します。1970年代以降には、政治的なウーマン・リブ運動と共鳴する形で、それまでの歴史叙述ではほとんど無視されていた女性を歴史形成の主体として取り上げる女性史研究が隆盛しました。さらに1990年代後半からは、男性・女性という区分そのものを問題とし、性差が各時代においてどのような意味を有していたのかをとらえ直すジェンダー史研究が出現し、現在に至っています。こうした女性史・ジェンダー史は、政治・社会・文化の様々な領域をその対象としていますが、今回はわかりやすい事例として近世イングランドの2人の女王を取り上げました。

 さて、自身の離婚問題を契機として宗教改革を開始したヘンリ8世は、それぞれ腹違いの3人の子を残しました。スペインからイングランドに嫁いできたキャサリンを母とするメアリ、ヘンリがキャサリンと離婚するきっかけを作ったともいえる女官アン・ブーリンを母とするエリザベス、貴族の娘ジェーン・シーモアを母とするエドワードです。唯一の男子であったエドワードは父の死後わずか9歳でエドワード6世として即位しますが、病気のため6年半ほどで夭折してしまいます。そして生き残った姉妹の内、年長者であるメアリがイングランドで初めての女王メアリ1世として1553年に即位することになったのです。
 メアリは母と同じく敬虔なカトリックであり、父・弟によって進められていった宗教改革政策を逆転させ、イングランドを再びカトリックに復帰させようと様々な施策を試みます。そしてここでメアリが女性であったことが、大きな意味を持ってくるのです。メアリが結婚相手に選んだのは、スペインのフェリペ皇太子でした。カトリックの強国であったスペインの次期国王と結婚することで、イングランドのカトリック復帰を推進しようとしたのです。ところが、フェリペは当時のヨーロッパにおいてもう一つのカトリックの強国であったフランスと戦争を始めてしまいます。王族の婚姻は国同士の同盟関係を意味していたため、メアリはフランスやその庇護下にあったローマ教皇と望まない戦争を開始せざるを得なくなったのです。失意のメアリは病気を患い、即位してからわずか5年ほどで亡くなります。
 そして、ヘンリ8世の子供の中で唯一生き残ったエリザベスが、1558年にエリザベス1世として王位に就くことになりました。ルネサンス人文主義の教養を身につけたエリザベスは、再びイングランドをプロテスタント化すべく、父や弟の宗教改革政策を継承してゆくことになります。しかし、姉が結婚相手の選択に失敗して内政・外交の行き詰まりを招いた事情を熟知していたエリザベスは、議会や枢密院の再三の勧告にもかかわらず、生涯独身を貫き通しました。若い時分にはレスタ伯ロバード・ダドリという恋人と浮き名を流し、その後もプロテスタント諸国の王子たちから何度も求婚の申し入れがありましたが、最終的に一度も結婚することはなかったのです。エリザベスは、国内の貴族と結婚すればイングランドの内政が不安定となり、国外から婿を迎えれば国際関係の舵取りがきわめて難しくなることを理解しており、むしろこの点を逆手にとって上手に政治的難局を切り抜けたといえます。しかし、子供がいなかったためにテューダー王朝はエリザベスで断絶し、スコットランドからやってきたジェームズ1世、チャールズ1世の下でブリテンは内乱の時代を迎えることになります。
 このように、女王であることは国を統治してゆく上でプラスにもマイナスにも働いていたことが分かります。たしかに男性・女性というのは生物としての差異ではあるのですが、見かけ上国王に権力が集中しているいわゆる絶対主義時代にあっては、その性別が政治的・社会的にきわめて大きな意味を持ってくることになったのです。

 

>『女子の友だちづきあい』(心理学専攻)

 心理学を通して、「女」を定義するには、やはり、「男」と比較して、女子や女性はどのような特徴を持つのか、といった観点でお話するほうがわかりやすいのではないか、と思いましたので、「男女差」を視点として用いました。人の心理的な側面で「男女差」があるとされているものがいくつかあります。たとえば、地図が読めるといった「空間能力」は女性よりも男性のほうが高いと言われています。一方、上手く話すことができるなどの「言語能力」は男性よりも女性のほうが高いと言われています。また、男性は女性に比べて活発で、女性は男性に比べて表情の読み取りが得意であるとも言われています。
 さて、今回のミニレクチャーのテーマは「友だちづきあい」です。ミニレクチャーを体験される高校生のみなさんと「友だち」というワードはとても密接な関係にあります。中学生から大学生までの長い時期を「青年期」と呼んでいます。私たちは皆、この長い青年期を経て、成人(大人)になっていくわけです。いわば、大人になるための準備期間と言えるでしょう。大人になるためには、自分自身の価値観を持つ必要があります。自分を育ててくれ、密接な関係にあった親の価値観とは別に、自分の価値観を作っていかなければなりません。ですから、青年期は親中心の生活から少しずつ脱却して、親から独立していく時期となります。今まで頼り、支えてくれていた親から離れるわけですから、私たちはとても不安で、怖い思いをします。そんな私たちを支えてくれるのが、悩みや考えを語り合う同世代の友だちというわけです。
 では、高校生の男女では、友だちづきあいにどんな違いがみられるのでしょうか? 榎本(1999)の研究をご紹介しましょう。この研究では、高校生が友だちと一緒に行う活動を「深い話をする」(例:自分の性格についての話や将来の話をするなど)、「仲がいいことを確認する」(例:トイレに一緒に行く、教室を移動するときは一緒に行くなど)、「同じ趣味、遊ぶことを中心にする」(例:お互いの家で一緒に遊ぶ、一緒にゲームセンターに行くなど)、「他者を入れずに二人だけの活動をする」(例:カラオケに行く、長電話をするなど)と、大きく4つにとらえ、それぞれの活動について、男子に多く見られるのか、女子に多く見られるのかについて比較しています。男子に多く見られたのは、「同じ趣味、遊ぶことを中心にする」活動でした。一方、女子に多く見られたのは、「深い話をする」、「仲がいいことを確認する」、「他者を入れずに二人だけの活動をする」活動でした。つまり、男子に比べて女子の友だちづきあいは、自分の内面をうちあけあうことが多く、そのためには、大勢で友だち関係をもつよりも、ひとり、または少数の友だちとの関係をもつほうが都合がよいのではないかということが推察されます。そして、女子は少数の友だちとの親密であるという関係を持つことを重視しているのではないかと考えられます。
 さて、「女」を説明するにあたり、みなさんはこの研究結果をどのように活用されたのでしょうか。