木下順二『夕鶴』(1950) 【リレーエッセイ:書評】

中西 茂行

木下順二『夕鶴』(1950)は、昔話『鶴の恩返し』、『鶴女房』に題材を求めた民話劇である。登場人物は、けがをした鶴を助けた農夫与ひょう、鶴の化身で与ひょうの女房つう、千羽織で大儲けをたくらむ村人惣どと運ず、そして子供たちである。

教養科目「社会学」の授業で毎年、一度か二度、『夕鶴』を教材として取り上げることがある。社会学を教えて30数年、本学に赴任して27年目、そのことに変わりはない。 ただ、ある時期から、受講生の反応に一つ大きな変化が生じている。「木下順二の民話劇『夕鶴』を知っている人、脚本を読んだことのある人、ビデオなどで見たことのある人」と問いかけると、ある時期までは、確実に手を挙げる学生さんがいたのが今は全くいない。「昔話の鶴の恩返しは、知っているでしょ」と聞くと、以前も今も変わりなく全員が知っている。 今回、リレーエッセイを書評形式で書くにあたり、採り上げるべき作品を探しあぐねた末、この作品と決め少し調べ物をした。そして、上の社会学受講者の反応の変化の謎が解けた。 清水節治によると、『夕鶴』が教科書に登場したのは昭和27年で、その後、「『夕鶴』は次第に有力教材として採録の数を増やし、昭和四十年代には高校での「定番」となるに至った。高校ではやがて姿を消すことになったが、代わって中学教科書に登場しはじめ、一九九〇年代の初め頃までは、五社中の三社が採録するほどだった。それも現行ではとうとう一社となった。(『月刊 国語教育』1999・1) 〔教科書の風景11〕

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食文化から見るイギリス 【リレーエッセイ:書評】

坂東 貴夫

『イギリスはおいしい』 林望著 1995年 文春文庫

もう10年以上も前の話になりますが、実は半年間イギリスに語学留学していたことがありまして、、、 当時は何かツライこともあったかも知れませんが、今振り返ると、この半年間は不思議なくらい楽しい思い出に包まれているのです。

出不精の私が、留学したいと思い立ったことがそもそも不思議なのですが、なぜか当時は、「今の生活を続けて、将来満足するのかなぁ」とか「頑張れば色々出来ると思うんだよなぁ」といった漠然とした不安や期待を強く抱いていたのでした。今、冷静に考えると若気の至りなのですが、したいことをしないで時間が過ぎていくことをもの凄くもったいないと感じた時期だったのでしょう。他の人が見れば「衝動的行動」と思うかも知れません。

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美味しい時代劇【リレーエッセイ:書評】

中崎 崇志

『鬼平犯科帳』 池波正太郎 文春文庫 『剣客商売』 池波正太郎 新潮文庫

高校に入った頃から,時代小説を読んでいます。 ほとんどがフィクションで,最近はあまり新しいものを買い足すことはせず,気に入ったものを何度も読み返すこと方が多い気がします。 大学に入る少し前に,テレビで『鬼平犯科帳』(原作:池波正太郎)の新シリーズの放映が始まりました。中村吉右衛門演じる“鬼の平蔵”こと長谷川平蔵が『火付盗賊改方,長谷川平蔵である! 神妙に縛につけい!』と悪人を一喝! 台詞だけでなく,その所作や目力からも伝わる迫力は,さすが歌舞伎役者です。 何もかもが面白くて,原作小説を手に取りました。手頃に読める短編がそろっていたのも理由の一つでした。『鬼平犯科帳』は,その後現在に至るまで4回の引っ越しの際にも一切処分せず,ずっと所持しています。

小説にはドラマには描かれないさまざまなもの,さまざまな場面が登場します。その中で気になったのが「とても美味しそう」だったことでした。

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脳の持つ能力を信じて【リレーエッセイ:書評】

中島 彰史

『記憶力を強くする 最新脳科学が語る記憶の仕組みと鍛え方』 池谷裕二著 2001年 講談社

私は弓道部の部長をしています。大会の成績を大会後少しの間は記憶していますが、時を過ぎると細かいところは忘れてしまいます。 ところが、監督をされている先生は、誰が何中したかとか、誰がその試合の大前(団体戦で最初に引く人のこと)だったか、といった細かな事柄をかなり前の大会のものでも記憶されています。いつも感心させられます。

『記憶力を強くする』という本書は、「脳科学から見た記憶」、「記憶の司令塔「海馬」」、「脳が記憶できるわけ」「科学的に記憶力を鍛えよう」といった内容を扱っていますが、興味を持った項目について述べます。

【神経細胞の数】 脳の中の神経細胞は生まれた時が最も多く、年齢を重ねるにしたがってどんどん減っていくが、記憶を司る海馬の中の或る細胞(顆粒細胞、と言います)は増殖するという特殊な能力があるということ、そして、海馬は2歳から3歳くらいでほぼ完全な形になる(これが幼児の頃の思い出がないことの原因になっている)ということ。そして、顆粒細胞の増殖に関する研究結果が提示されていて、例えば、軟らかいものばかり食べていると顆粒細胞の増殖が減ってしまう、一人孤独で過ごすより、社会に出て積極的に他人と交わった方がより増殖しやすい、などです。 脳の中の細胞は減る一方だと思っていたので、増殖する細胞があるということを知って驚き、また、記憶という人間らしさが最も反映される能力にかかわる細胞にのみ増殖する性質があるとは、何とも不思議であり、嬉しくもあります。

「いのち」のこと【リレーエッセイ:書評】

前川 浩子

『あなたのために いのちを支えるスープ』 辰巳芳子 著 文化出版局 2002年

しりとり。それは,5歳になる姪と私のお気に入りの遊びだ。

大人にとっては簡単なしりとりも,相手が5歳の子どもとなると軌道に乗るまではなかなか大変で根気が必要だ。前の人が言った単語の最後の文字から始まる単語を言うんだよとか,「ん」で終わる単語を言ってしまうと負けだよといったルールを5歳児にもわかるように説明しなくてはならないし,いざしりとりが始まると,5歳児にもわかる単語を作らないといけない。少しでも理解できない単語を言おうものなら,「ねえ,それってなに?」と質問攻めだ。それでも,子どもというのは飲み込みが早いもので,しばらくするとスムーズにしりとりが続くようになる。5歳児の語彙力にも驚かされることもしばしばである。そんなある日,いつものしりとり遊びの中で姪が発した言葉,それが「いのち」だった。 「いのち」という言葉の意味を彼女が本当に知っているのかどうかはわからない。それでも,小さな女の子から発せられた「いのち」という言葉に静かな感動を覚えたことは今でも忘れることができない。

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