「ミクシ?(Miksi?)」の大切さ

中島 彰史

このコーナーで何を書こうかと考えていた時、高校での必修科目の未履修問題が発覚した。それも全国でかなりの数の高校が指導要領を逸脱したカリキュラムを組んでいたようだ。こうなった要因が様々挙げられているが、そのうちの一つに「世界史は範囲が広すぎて、受験には不利だから、(必修科目にもかかわらず)他の科目に振り替えた」というものがあった。私が高校生の頃は(かなり前のことだが)、何より世界史が日本史や地理より面白かった(日本史や地理の先生ごめんなさい)。確かに覚えることが多かったが、いろんな地域でいろんなドラマが繰り広げられているのが分かったからだ。

冒頭から少し重たい雰囲気になってしまったが、そんな中、本屋で偶然『図解 フィンランド・メソッド入門』(著者 北川達夫 フィンランド・メソッド普及会、経済界発行、2006)が目にとまった。フィンランドの教育と言えば、何かの国際統一テスト(その本を読んで、OECDによる学習到達度調査での読解部門であることが分かった)で世界一になった国だな、というぐらいの認識だったから、実際にはどんな教育をしているのか興味を持って読んだ。

「戦争の記憶」と「語り継ぐ」こと

中西 茂行

本当に久しぶりに演劇というものを観た。作品名「満州8・27」、劇団アンゲルス第11回公演(’06, 9/15, 9/16, 9/24)、会場:金沢市民芸術村ドラマ工房、台本・演出:岡井直道、舞踏指導:白榊ケイ、照明:宮向隆、音響:HARA2。この劇には原作がある。石川県教育文化財団編『8月27日―旧満州国白山郷開拓団―』(北国新聞社出版局)、2004年に出版された。この本のもととなった聞き取り調査、資料収集、旧満州国現地調査などを敢行されたのは、財団理事長の重田重守さん(74歳)である。財団で「自分史図書室」を開設され、「自分史同好の集い」を継続されている方で、石川県ではかなり著名な方である。

8月27日とは、1945年(昭和20年)8月27日を指し、それは、1939年(昭和14年)に入植した満州国白山郷開拓団壊滅の日の惨劇を意味する。小学校校舎に集まった400余名の団員が中国人に取り囲まれ、銃撃を受ける中、団員の一人が放った火によって350人を超える人たちが命を落とした。この開拓団の生き残りであり重要な証言者の一人であるNさんが、この本を手にした時、タイトル「8月27日」を食い入るように見入られたというエピソードから当事者に刻み付けられた日付の意味の重さが伝わってくる。

言語の魅力、映像の魅力

木梨 由利

1月末、劇場でイギリス映画『プライドと偏見』を見た。映画は好きで、例えば過去1年間で10本程度は観たと思う。一緒に行く家族の好みもあって、ジャンルは文芸作品を中心に、アニメから歴史もの等までさまざまである。英米の文学作品の映画化なら、たとえ一人ででも出かけていく。今回は、大好きなジェイン・オースティン(Jane Austen)のPride and Prejudice(1813)が原作ということで、期待は特に大きかった。

さて、感想はというと、原作を知らない家族にはまずまず好評だった。聞くところによると、この映画がきっかけで、大学で英文学を専攻することを決めたお嬢さんもいるらしい。確かに、イギリス各地にある壮大な邸宅を何件か借りて撮影されたという映像はしっとりと美しく、いかにも丁寧に作られた作品という感じがする。主人公エリザベス・ベネットを演じるキーラ・ナイトレイも、知的で溌剌として、まぁこんな感じかな、と納得する。

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物語を書く人

水井 雅子

最近、非常に面白い伝記を読んだ。「幼年文学の名手」と言われているアリソン・アトリー(1884-1976)の大部な評伝(『物語の紡ぎ手 アリソン・アトリーの生涯』デニス・ジャッド著、中野節子訳、JULA出版、2006)である(右の写真。クリックすると拡大できます)。

アリソン・アトリーって誰?と思う向きもあるかもしれない。彼女は、児童文学の中でも幼い子供達に向けた作品を書き続けた作家であるが、ウサギやリスなどの小動物を登場させた物語では、ビアトリクス・ポターの『ピーターラビット』の方が有名だろう。『グレイラビット』シリーズや、『サムピッグ』ものを書いた人と言えば、分かるだろうか。グレイラビットをキャラクターに持つ銀行も日本にはあるから。

アトリーは、『ピーターラビット』(1901)の絵本を作ったビアトリクス・ポター(1866-1943)と、よく並び賞される。確かに、一見したところ登場する動物達やその環境、挿絵の感じ、本の作りが似ているために、その作風自体も似ているように思われ勝ちである。しかし、単に似ているというだけであれば、あれ程アトリーの作品が好まれるわけがないだろう。似ていながら非なるもの、と言うことができるように思われる。その違いは是非、作品を読み比べてみてほしい。

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わたしが子どもを好きになるまで

前川 浩子

よく、人からは見た目で若いと言われるが(自慢!)、これでも正真正銘のオバさんである。2人の姪を持つ叔母なのである。しかし、自分を「おばちゃん」と呼ばせることにはやはり抵抗があり、実際は名前で呼ばせているが・・・。そんな姪も、上の子が4月から小学校1年生になった。大人の足でも大変な坂道をがんばって歩いて学校に通っているようだ。先日は「たくさん、おともだちができたよ!」と電話がかかってきた。彼女が小学校に入学するということを誰よりも感慨深く思っているのは彼女の両親に他ならないけれど、叔母であるわたしも、やはり静かな感動を覚えてしまう。

そんな私も、この子が生まれるまでは子どもが嫌いだった。うるさい、すぐ泣く、言うことをきかない、そんな子どもが嫌いだった。そんな私に姪ができ、おずおずと抱っこをし、あやすうちに、「ああ、子どもっておもしろいかもなあ」と思うようになったのだ。人に言わせれば、「かわいい」ではなく、「おもしろい」という感想を持つことが、まずおかしい、とも言われたけれど・・・。