多義図形と「悪人」

槻木 裕

3月にある会で、宗教-仏教について講話をしなければならないことがあって、70人ほどの人たちを相手に1時間ほど話をした。1時間だから何ほども話せないのであるが、仏教とキリスト教の違いをいくつか指摘し、仏とわれわれ日常人との対比、「救う、救われる」という関係を中心に、いま考えていること、思っていることの一端を述べた。 話は「善人なおもて往生をとぐ。いわんや悪人をや」に当然及んだ。この言は親鸞(1173~1262)のものとされているが、師の法然(1133~1212)にすでに似たような言があるらしい。それはそれとして、これを初めて聞く人は、まずはそのパラドキシカルな調子に驚くのが常のようだ。でも、もう一方に仏(の理念)を置いてみさえすれば、パラドクスでも何でもないことがすぐわかる。よく使われる説明は、「親(=仏)はできのいい子(=善人)よりも、できの悪い子(=悪人)を先に、十分に気にかける」である。 この比喩がまったく妥当なものかどうかはともかく、その前に、たいていの人は自分のことを「それなりに善人だ」と固く思っているから、こういう信念を揺さぶらさないと、自分が「悪人だ」と少しも実感できないし、また、そうであれば、宗教も何もあったものでない。そこで、心理学で知覚の錯視現象によく使用される幾つかの絵を使った。

生まれて初めて犬を飼うことになった

新村 知子

子どもの頃から猫が好きだった。猫の美しい姿、その優美な動きには、見るたびうっとりした。子どもの頃、家には猫がいたし、今でも実家にいる猫をなでて、心を安らかにさせてもらっている。それに対して、犬のほうはどうも苦手だった。吠える、咬む、はしゃぐ、とびつく、せわしない、うるさい、怖い。そういう訳で、犬を見ると、ついつい避けてしまう毎日であった。

その私が、この夏、犬を飼うことになった。小6の娘にせがまれて数年、ずっと抵抗し続けていたのだが、娘もなかなか手ごわかった。毎日インターネットで犬の情報を出しては、「ほうら、可愛いでしょ!」「○○という犬がいいなあ、値段は○○円くらいだって!」「散歩の時には、こうするのがいいらしいよ・・・」などと言ってくる。一緒に出かけると、犬という犬、すべてを「かわいい!ね、ね、かわいいねえ!」と形容し、さらにその犬種や性質を説明しつづける。

「他力」と「花」と「民俗学会」

益子 待也

年をとったせいか、最近、五木寛之氏がよくいう「他力」ということを考えるようになった。自己流の解釈で、もしかしたら全く見当はずれの解釈なのかもしれないのだが、ネタがないので、少し書いてみたい。つまり、自分は自力で生きているように思っているのだが、「他力」とでも呼ぶしかないような何か神秘的なエネルギーをもらっているおかげで、自分は多少とも健康に生きていられるのではないかということだ。仏教用語に対して「神秘的」という表現を適用すること自体、自己流の解釈なのだが、そういう解釈でもしなければ、なぜ自分が脳梗塞にもパーキンソン病にも舌ガンにもならずに今日を生き抜くことができているのかが説明できないのだ。このように「他力」を解釈すると、自然に感謝の気持ちがわいてきて、自分がまるで自然と一体になっているかのように感じてくる。わたしは、これも全くエゴセントリックな解釈をして、これこそ「梵我一如」の境地なのだと勝手に決めつけて、悦に入っている。

今夏、わたしとしては、全く初めてといっていいことだが、ゼミの学生たちと飲みに行って、カラオケを歌う機会をもった。その際に習った歌で、オレンジレンジという若者のグループが歌う「花」という曲がある。「花びらのように散ってゆく事 この世界で全て受け入れてゆこう 君が僕に残したモノ 今という現実の宝物 だから僕は精一杯生きて 花になろう。」わたしはこのような詩を若者が書いたことに感心した。ただし、詩は素晴らしいと思うが、このメロディーにはついていけない。わたしには、この曲はそれこそ読経のように聞こえる。どうせなら、演歌のメロディーを付けてほしかったと思う。

島に旅をする

中崎 崇志

九月上旬,とある島へ旅行した。 伊豆七島の一つ,三宅島。総面積55平方キロ,周囲約38キロの,ほぼ円形の島である。島の中央には雄山(おやま)がそびえる。住所は東京都三宅島三宅村,になる。 ここに,妹が住んでいる。その妹を訪ねて行った(妹も私も島の出身ではない)。

御存じの通り,三宅島では,2000(平成12)年6月末から地震活動が始まり,同年7月8日に雄山が噴火。同年9月,全島に避難指示が出された。噴火は9月まで続き,その後は山頂の火口から火山ガス(特に二酸化硫黄)の放出が続いている。 徐々に火山ガスの放出量は減少し,今年2月,避難指示が解除されて帰島が始まった。島内の移動にはガスマスクを携行しなければならないが,5月からは観光客の受け入れも始まっている。

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面倒なメドーナとは?

小原 金平

先日海外研究出張の機会に恵まれ、シンガポールを訪れました。4泊6日(機内一泊)というスケジュールでした。シンガポールは淡路島くらいの島国で、面積が東京23区とほぼ同じで人口が約420万です。日本からは直行便で約7時間かかり、意外に遠いという気がしました。よく知られているように、シンガポールは多民族国家で規則、罰金制度が厳しく、清潔な国です。ごみのポイ捨ては最高で約7万円、屋内は禁煙、屋外でも指定場所以外だと罰金だと言います。気候は熱帯で年中高温多湿らしい。日本の真夏みたいです。

ことばは英語の他に3ヶ国語が公用語ですが、英語が中心です。しかし、どこでも英語が通じるわけではなく、一度入った中華レストランでは全く英語が通じなくてfishという言葉も理解してもらえませんでした。宗教も、仏教、イスラム教、キリスト教、ヒンドゥー教など多いです。地下鉄に乗ってなんとなく乗客の人々を見てみると、いろいろな服装、顔つきの人たちでまさに多民族国家という感じがしました。ある日のシンガポール大学での昼食時のことです。学生食堂は中華料理、インド料理、マレーシア料理などコーナーごとに列ができ、混雑していました。並ばなくてもいいところはないかと見ると、ありました! 列のできていないコーナーへ行くとイスラム料理でした。ライスにカレーと野菜の煮たようなものをかけたとてもおいしいランチでした。日本食コーナーもありましたが、値段が少々高めで人気はいまいちの様子でした。