マル秘・国際文化式「一万円札を増やす法」?

槻木 裕

僕は一万円札が好きだ。僕はまた千円札よりも一万円札が好きだ。その証拠に、どちらかをあげようと言われたら、ためらいなく後者を選ぶ。だが、野口英世よりも福沢諭吉の方が好きだというわけではない。

昔、千円以上の札はみんな聖徳太子だった。偉かったからお札の肖像になったのだと思っていた。幼少のみぎり、一円札というのがあって、二宮尊徳だったと覚えているが、福沢は幕末の二宮金次郎さんより一万倍も偉いようには思えない。慶大出身のA先生とM先生も、不埒なことに、銅像になっている金次郎さんの方が偉いと思うと言っていた(と思う?)。

時代の終焉

益子 待也

大学院時代の指導教官であった綾部恒雄先生が亡くなられ、8月11日と12日の両日、東京小石川の傳通院で行われた通夜と告別式に出席してきた。これで、わたしが大学院時代に教えを受けた先生方はほとんど他界されたことになる。奥様の綾部裕子先生や大学院時代に一緒に学んだ人たちとも久しぶりに会って話をすることができた。みんな年をとったが、今も変わらぬ面影を残していた。

源流から未来へ

中西 茂行

まず、差別問題の社会学から、二人の社会学者のフィールドワークでのエピソードを紹介しよう。一つ目は、H.Y.氏が、若かりし日、被差別部落へ先輩の社会学者とともに聞き取り調査に出向いた際の出来事である。調査早々に氏が「〇〇さんは、これまでどのような差別を受けてきましたか」と質問し、「そんなん、差別なんか受けたことおませんわ。ここはええ村やし」と、調査に応じてくれた高齢の女性に微笑みながら答えられ、当惑したというものである。H.Y.氏からの問いかけを軽くいなすかのように無視して、その後、他の調査者と子ども時代の村の様子などを話す女性を前に、氏は「かたまって」しまったと述懐している。そして、氏は、このことを「「決めつけ」をおしつける失礼」と表現している(好井裕明、2006)。

「比較文化論」について

益子 待也

わたしが教えている講義科目は、文化人類学、比較文化論、日本民俗学の三つです。この三つの学問を比較してみると、文化人類学は、人間の文化のさまざまな形態を探求するために世界中を旅する学問、日本民俗学は、わたしたちにとってなじみ深い日本文化や故郷の民俗を掘り下げて深く考察する学問、そして比較文化論は、その中間にあって両者(文化人類学と日本民俗学)をつなぐ役割をする学問といえるように思います。

社会学者、鶴見和子逝く

中西 茂行

鶴見和子、63歳の時(『鶴見和子曼荼羅IV 土の巻』藤原書店、1998より)

深夜1時、NHKにチャンネルを合わせたら、社会学者、鶴見和子の死が報じられていた(享年88歳)。その日の朝刊各紙(2006年8月2日)では、鶴見和子の訃報に社会学者としては異例のスペースが割かれている。臨床心理学者で文化庁長官の河合隼雄はじめ文化人の追悼コメントが目にはいる。中には、死亡通知記事とは別に、早々と追悼文を掲載している新聞もある。

各紙記事にほぼ共通しているのは、弟、鶴見俊輔、政治学者、丸山真男らと雑誌『思想の科学』を創刊したこと、柳田国男の民俗学を社会学に取り入れたこと、さらには、民俗学者、博物学者、南方熊楠への関心、そして、西欧の歴史を人類の歴史の普遍とする西欧型近代化論とは一線を画した、その地域住民の土着性、創造性に根ざした「内発的発展論」の提唱の4点である。