ワールドカップ狂想曲 ―「テレビの前での応援」について考える―

槻木 裕

いよいよドイツでワールドカップが始まる。「ああ、弱ったなぁ」と思う。やらなきゃいけないことが溜まっているのに、応援もしないといけなくなるのだ。愛国心をめぐる教育基本法の改正案に?を抱いていている戦後生れのこんなオジさんでも、無条件に日本の応援だ。「頼むぞ、高原! ガンバレ、中田、Nippon, cha、cha、cha!」というわけだ。 で、だ。日本チームの活躍を願う熱い思いに水をさす気はないのだが、かな~り前から僕はテレビの前の応援にどんな意味があるのか?と、気になっているので、そのことをちょっと書いてみよう。話はとんでもないところに結びつく。こうだ。

美術の人類学

益子 待也

わたしは、文化人類学、比較文化論、日本民俗学などの学問を教えています。これらの学問分野は、それぞれかなり異なっていますし、その研究地域は金沢や能登から、アメリカやアフリカやヨーロッパなど地球規模に広がりますので、その学問的な面白さを短いことばで伝えるのは、とてもむずかしいです。しかし、あえてわたしが携わっている学問分野の共通性を抽象的な言い方で述べるならば、「ある時代に生きたある人間集団が何かを共有している」という考え方を採ることである、と言えるのかもしれません。むろん、どんな時代に生きた人であっても、同じ人間であることには違いありません。また、世界のどの地域に住む人であっても、わたしたちと同じ感情をもっていることは、テレビで「世界ウルルン滞在記」などを見ていても、分かることです。しかし、ある時代に共有されていた「常識」が、別の時代には「常識」でなくなってしまうということも、よくあることです。たとえば、日本の古代や中世では、「夢」や「名前」は、今のわたしたちが考えるような「夢」や「名前」とは、少し違ったものとして理解されていました。また、日本のなかで通用する「常識」が、世界の別の文化では通用しないことがあることも、これまた「世界ウルルン滞在記」などを見ていて、分かることです。

「猿でもわかる哲学」から「類人猿にもわかる哲学」への進化?

槻木 裕

はじめて教壇に立ったときから、「哲学の授業をなんとかおもしろいものにしたい」とずっと思い続けてきたような気がするが、これがなかなかどころか、ほんとうにむずかしい。おそらく学生さんには一生に一度の哲学の講義であって、せっかく哲学を選択してくれた彼らに、せめて哲学の何たるか、その性格の一端だけでも伝えなければ、と思うから、どうしても選ぶテーマが普遍(universal)だの心身問題だのオーソドックスなものになりがちで、いきおい話もこみいったことになってしまう。

知覚世界は「作られる」

中崎 崇志

先月号の教員リレーエッセイに載せた三宅島旅行の話は,読んでもらえただろうか。 今回は,その帰り道の話から始まる。

寝ていれば三宅島に到着する行きと違って,帰りは昼過ぎに船に乗る。暇つぶしに,左舷のデッキの一番先頭に近い端まで行って海を眺めていると,船の進行方向から何かがすぱっと飛び出した。その何かに,きらきらっと太陽が反射する。 トビウオだ。船から逃げるように飛び出して,そのまま低空飛行で飛んでいく。トビウオは群れで飛ぶような印象があったので,次々に飛び出してくるのではないかと,しばらくの間,ずっと船の進行方向の海面を見つめていた。 結局,4,5匹しか見られず,諦めてデッキに視線を戻したとき,デッキの天井に取りつけられた照明器具がぐにゃりと歪んで見えた。船が揺れたわけでも,船酔いしたわけでもない。いったい何事?と思って,すぐにその原因に思い当たった。

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自分史を読む(2)

Nさん(1924年生)は、石川県有数の企業T社に36年間(昭和23年〜昭和59年)勤務された方である。古希(70歳)を機に、自分史を出された。

自分史は、幼少の頃の思い出に始まり、氏の成長段階に沿って記述されている。尋常小学校卒業後、郷土の実業家安宅弥吉の興した安宅産業(大阪)で3年間の丁稚奉公を終え、その後安宅弥吉から給付された学資金で5年間の修学時代を過ごす。次に、戦争。満州に渡り、ついにはソ連抑留となる体験が綴られている。自分史の冒頭、「はじめに」の文章は「ロシヤに抑留されたままの我々関東軍の部隊は」と始まる。帰国後、昭和23年にT社へ入社し36年間勤務される。自分史では、Nさんの「日記」をもとにサラリーマン生活の日々が年ごとにまとめられている。昭和30年〜昭和34年を記述した章が「出張から出張の日々」となっているのが印象深い。昭和30年代、年間150日の出張をこなされている。氏は、紛れもない「企業戦士」であった。そして、その家庭を守られたのは専業主婦の奥さんであろう。氏の自分史から「右肩上がり」の戦後の日本経済、T社が繊維機械メーカー故にこうむる好・不況の波、そして、「右肩上がり」のNさんご一家の生活をうかがい知ることが出来る。