人間文化への招待

益子 待也

わたしにとって文化人類学や日本民俗学は、知的な日常活動の一つであり、ある意味で趣味や生きがいのひとつでもある。しかし、わたしの意識の中では、「文化人類学」や「日本民俗学」や「比較文化論」とは、従来の常識が規定する狭い専門分野(通常科学)ではありえない。それは、いわば高い志を内に秘めた高度の「教養」であり、結果として一つの明確な「認識」を形成するような野心的で良質でタフな生き方である。わたし自身は常にそのような「認識」をもって日々を生きていきたいと思っている(とはいうものの、現実はキビシーので、思うようにはならないが)。

心理学実験への招待

中崎 崇志

みなさん,初めまして。4月から教員になった中崎崇志(なかざき たかし)です。心理学関係の科目を担当します。 今回が国際文化学科HPデビュー戦です。今後とも,どうぞよろしく。 今回は,私の専門領域である実験心理学について御紹介します。

心理学の研究方法の一つに“実験”がある。『心理学に,なぜ実験?』と思う人も多いだろうが,私は心理学の世界に踏み込んで以来,ずっと実験系の心理学者だ。 心理学は,“心の働き”について解明し,理解しようとする学問。“心の働き”を調べる方法はいくつかあるが,心理学実験はその中の一つだ。

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数字を読む

中西 茂行

本学国際文化学科発行の雑誌『金沢コミュニケーション』第2号(2005年3月)を読んでいて思わず含み笑い(ニヤッかニンマリか?自分でも分からない)をした箇所がある。それは雑誌巻頭の「行動心理コース」紹介を兼ねた鼎談(3人の先生による談論)で心理学のK先生がコメントされた箇所である。

心理学を専攻すると実験とか統計学を勉強しなければならないかと問われて――

K先生「統計というのがありますけれど、これに怖がらないで来てほしいです。われわれが使う統計というのは心理学研究の技法の一つで、われわれが統計の公式を考えるわけでないんです。われわれは統計のユーザーなんです。車の運転をするには、車の構造を知る必要はないんで、使い方さえ間違えなければ事故にはならない。」

私がニンマリかニヤッとしたのは「車の運転をするには、車の構造を知る必要はないんで、使い方さえ間違えなければ事故にはならない。」という喩えの部分である。

かわいい子は人間文化の旅をする

槻木 裕

四月だ。何もこの月に限らないのだが、文学部の教員の一人として、学生に対する対応の仕方をめぐり、ちょっとしたジレンマをこのごろ感じているように思う。

(α)高校まで維持してきた生活のリズムを大学生になったゆえに崩し、せっかくいい才能をもっているのに、休みがちになり、とうとう退学するという学生を見るにつけ、教員として、そうさせてはならじと思う。

(β)特に文学部の学生だもの、多少とも羽目を外すのは当然でしょう。決められたレールの上を安全走行して、何が文学部の学生ですか。危なっかしいところを綱渡り ―それでこそ、人間というものが少しは解かり、人間学や文学をやる資格があるってもんだ。昔から言うだろう、「かわいい子には旅をさせろ」って。

(α)は教員として当然学生に注意すべきことなんだが、あまり強く干渉すると、何だか管理教育推進派のようでもある。「大学生とは、少なくとも精神的にはもう一人前の人格。すべて自己責任。その自覚をもつのが大学生」とは、入学式やオリエンテーションでのお決まりの訓示であるし、僕もそう思うから、本音としては(β)なんだが、「そこを何とか、ケアしろ」というわけだ。

自分史を読む

中西 茂行

高校時代に(ひょっとしたら中学時代に)何かの授業で「自分史」を書いた人がいるかも知れない。大学の授業で自分史を書くことを課題とする教員もいる。愛知県春日井市にある「日本自分史センター」の講師でコピーライター、シナリオライターの平岡俊佑先生は、ある中学校で生徒向けに自分史についての講演を頼まれ、「 昨日 ( きのう ) まではヒストリー、 明日 ( あした ) からはミステリー」と話して大いに受けたという。さすがコピーライターである。このように、以前は圧倒的に高齢者が多かった自分史の書き手も多少年齢的に広がり、書き方も多様化している。