交渉ゲームを楽しむ中国人

林 暁光

中国人は、日本人より交渉好きなタイプが多いようです。合理主義を取ってきた中国人は、常に最小の投資で最大の利益を求めようとする傾向があります。ここで、いわゆる「最小の投資」とは、「口と舌」だけという意味で、利益を手に入れることができそうなものがないと思われるかもしれません。交渉苦手の日本人に比べてみると、交渉を避けようとせずに、立ち向かっていこうとする姿勢を強くあらわすべき考え方は、中国人の哲学と言えるでしょう。

中国では、交渉することは、むしろ日常茶飯事のものと見られています。博物館の閉館時間が過ぎていても、急いで走ってきた入館者が警備さんを呼んできて、「時間を少しオーバーしてもらえないでしょうか」と訴え、直ちに交渉作戦に突入します。交通違反の場合にも、「違反しないとかえって大変なことになる」と、正当化を詳しく陳述し、警察の同情心を喚起しようとする交渉が必死に行われます。その中でも市場は、交渉能力を鍛えられる絶好の舞台のようです。

人間科学の越境

益子 待也

現代は時代の大きな変換期である。 1990 年代頃に始まったIT革命は、おそろしい勢いで進行している。私などはIT革命に完全に乗り遅れたクチで、この原稿こそパソコンで書いているが、今年になって「ワード」の勉強を始め、ようやく文章を「ワード」で打てるようになった。1年前までは、親指シフト・キーボードという今日では絶滅してしまったキー・ボードの付いた古い携帯ワープロで、OASISという、これも今日ではほとんど見かけない旧式のソフトで文章を打っていた。昨年、ある人から「先生、いまどきこんなワープロ専用機で文章を作っていたら、時代に乗り遅れてしまいますよ」と言われ、一念発起して今年から「ワード」の勉強を始めた。ローマ字入力から覚えねばならなかったので大変だったが、今では何とか「ワード」は使えるようになった。いつの間にか、パソコンは文章を作るうえでの必需品になってしまったようだ。ただし、ケータイ電話は、まだもっていない。

サングラス、取っても、磨いてもサングラス?

槻木 裕

「偏見を抱いて、他人(ひと)や物ごとを見てはいけない」と言われる。当たり前の道徳として特に異論はない。教育番組で若者たちは「こんな恰好をしていても、色眼鏡をかけて見て欲しくない」と言い、「ありのままの自分を評価して欲しい」と要求する。 「ありのままの自分」、「ありのままの社会の姿」か‥‥。時に「真実」とも置き換えられる、遠い若いころの懐かしいことば、‥‥だのに、今もって大いに気にかかっていることばだ。

哲学に「私たちは、ある理論を背負って物ごとを見ている」という認識論がある。認識論というのは、どのようにして私たちは物ごとを(正しく)知るにいたるかを問題にする哲学の重要な分野だ。この分野はだんだんに心理学によって蚕食(さんしょく)されてきていて、この考えも心理学的な諸研究に多分に影響されての主張と言えるのだろう。これを少ししゃれて、「理論負荷(ふか)的に物ごとを見ている」と言うが、何のことはない、要するに「私たちはサングラスをかけて物ごとを見ているのですよ」ということだ。

流行語

中西 茂行

先日、国際文化学科1年生向けの授業で、「うまいホーム主義」と言う言葉がテキストに出てきた。鵜飼正樹他編『戦後日本の大衆文化』という本の「冷蔵庫−食生活の変化と生活意識の変容−」という章でのことである。1988年の家電メーカー新聞広告で、新製品の冷蔵庫・ホームベーカリー・オーブンレンジの写真が上下左右に載っていてそのど真ん中に「うまいホーム主義」というコピーが大きく載っている。そして、それに「会話までおいしいわが家です。」と小さな添え書きがされている。

1985、6年生まれの新入生諸君には、このコピーが食生活と家庭生活の楽しさを訴えているんだな〜ということは分かっても、そのことを訴えるのに、ひらがなの「うまい」とカタカナの「ホーム」とそれに「主義」という漢字まで使って「うまいホーム主義」というコピーをつくる意図が分からない。当然である。このコピーは1960年代、70年代の流行語「マイホーム主義」を下地にしているのだから。

「拉致家族」「将軍様」「万景峰号」「美人組」/「Jリーグ」「ワールドカップ」「ドーハの悲劇」/「冬のソナタ」「ヨン様」/「三位一体」「郵政民営化」「小泉改革」/・・・これだったら今の学生さんもその意味するところは充分分かるというものである。今マスコミをにぎわす流行語だから。このように、いくつかの流行語をセットにするとある社会の側面、ある時代の世相が思い浮かぶ。そして、時として、そのような流行語から人々の心情の一端をうかがい知ることもできよう。

プライバシー意識に関する日中両国の差

林 暁光

日本人は、人との付き合いにおいて、他人のプライバシーのことをあまり尋ねない。たとえ親しい友だちであっても、相手の言いにくいことは、普通こちらから進んで聞いてはいけない、と考えている。他人のプライバシーに触れることは相手に不快感を与えるから、というのがその理由だろう。だが中国人は、繊細というよりも活発で、しかも強い好奇心を持っており、何でも根ほり葉ほり聞くのが好きである上に、話を胸の中にじっと納めておくのは好きではないのである。中国では、「話は腹に閉じ込めると臭くなる」という諺があるくらいだから。