再結成3年目の陸上競技部

再結成3年目の陸上競技部

国際文化学科3年 中村 友美

私は陸上競技部に所属しています。 陸上には,多くの種目があります。短距離,長距離,ハードル,投擲(とうてき),跳躍,リレーなどです。

この陸上部は,私が入学した平成17年に再結成されました。入部したては本当に少人数で,部活としてやっていけるのか不安になるくらいでした。しかし,今年で3年目。少し人数も増え,部活らしくなりました。

目標・大会成績

私たちは,インカレや国体などの出場,自己新記録を目標としています。 昨年度は北信越大会で全員が入賞するという成績を残すことができました。また男子の4×100mリレーという種目では,石川県記録を残しています。

部活を通して学んだこと

思うように自分の記録が伸びなくて,やめたいと思う時期もありました。しかし,そんなとき,私の恩師に「誰のために陸上をやっているんだ?」と質問されたことがあります。人のためにやっているのではなく,自分のためにやっているということを,改めて思い直したときがありました。練習は楽とは言えません。けれど,練習をすることで自分に結果が残ってきます。応援してくれている人に対して,感謝の気持ちを走りに変えたいと思っています。恩師のような人に出会うこともできて,陸上をやっていてよかったと思います。

部活で学んだことはたくさんあります。 挨拶の大切さ,感謝の気持ちを忘れないこと,仲間がいるということなどを学びました。結果を北信越大会に残すだけでなく,全国大会に残していきたいと思っています。

私たちは,学校が終わってから金沢市営陸上競技場で練習しています。いつでも見学できます。選手,マネージャー,どちらも募集しています。

長瀬 麗さん 平成18年3月卒業

長瀬 麗さん 平成18年3月卒業

紹介者 水井雅子

今年3月に国際文化学科を卒業した長瀬麗さんを紹介します。 朗らかで周りの人たちに好かれ、可愛がられ、学友会にも熱心に参加していました。 どちらかというと控えめな性格でもあるので、介護の仕事についたと聞いたときには意外な感じもしましたが、彼女の優しい性格を考えると向いていると思います。 充実した学生生活を送り、それが今の仕事の原動力にもなっている彼女の報告をぜひ、読んでください。

長瀬 麗

私は今年大学を卒業し、3月20日から小松市にある『特別養護老人ホーム あたかの郷』に勤務しています。 大学4年の4月〜7月、私は就職活動を兼ねて、ホームヘルパー2級の講習を受けました。ある施設へ実習に行った時に、入居者の方から言われた「ありがとう」がとても嬉しくて、そんな理由でこの仕事に就き、この職場を選んだ理由は、「変わった施設だな〜」と印象に残ったから、ただそれだけなのです。

職場の1日の仕事の流れを説明します。 朝6時頃から起床介助(着替え・洗面・フロアへの移動)。7時半から朝食準備、食事・服薬介助。12時前から昼食準備、食事・服薬介助。13時半〜17時入浴介助。18時前から夕食準備、食事・服薬介助。19時半頃から就寝介助。21時にはほぼ入居者全員が就寝されます。以上に加え、入居者の方々それぞれの排泄ペースに合わせて、排泄介助(オムツのパッド交換・トイレ誘導)をします。夜間は巡回、排泄介助、体位交換。入居者約25人を1人でお世話します。 もちろん毎日朝から夜中まで仕事をするわけではありません。出勤時間はさまざまで、朝6時半から出勤する日もあれば、昼の12時半から出勤する日もあり、夜勤になると深夜の0時から出勤します。

仕事を始めて半年が経ちました。体力には自信があったので、介護職には付き物の腰痛にも悩まされず、少しずつ仕事にも慣れ、元気に仕事をしています。職場の同僚の方々も本当にいい人たちばかりで、楽しく仕事ができています。 しかし、まだ小松という土地と、人にはまだ慣れません。小松はどんな所で、何がどこにあるのかわからないし、人見知りする私は未だに職場内で友達と言える人がいません。だから遊ぶ場所はほとんど金沢で、遊び相手は大学時代の友人達や後輩達がほとんどです。金沢に来ると大学時代を思い出します。

大学時代、私は学友会・清鍾祭実行委員に所属していました。学友会に所属していたおかげで、大好きな人達と出会え、いろいろな事を学ぶ事ができました。 今年は初めて客として清鐘祭に参加しました。忙しく走り回り頑張っている後輩達。自分達の頃を思い出し、大学時代に戻りたいなーと思いました。学友会に所属していた事は私の誇りです。

学院大生の皆さん、学生生活楽しんでいますか? 社会人になると自分の時間が減り、やりたい事がなかなかできなくなります。友達にもあまり会えなくなります。大学時代って本当に重要でかけがえのない時間だと思います。「あれやりたかったな……」と思っても後の祭り。今という時間、友達、思い出を大切にし、充実した学生生活を過ごして下さい。 もちろん社会人生活も楽しいですよ♪ お互い頑張りましょう!

インターンシップについて

今年度のインターンシップに参加した学生に、それぞれのインターンシップの様子と感想を書いてもらいました。 来年度以降インターンシップに参加してみようと思う学生は、ぜひ参考にしてください。

2006 ASIA FORUM in ISHIKAWA

2006 ASIA FORUM in ISHIKAWA

国際文化学科3年 小堀 喜信

各国の参加者と共に。 (左から3人目が筆者) 本フォーラムの主催者などについて

このフォーラムは日本航空の『JALスカラシッププログラム』に組み込まれているものです。1975年から「アジアと日本の友好」をテーマにアジア・オセアニアの大学生を毎夏日本に招き、日本理解と領内の相互理解の促進を通じて、将来のコミュニティーの核となる人材の育成を図るのが目的で創設されました。そして30年にわたりやる気のある大学生たちの学びと交流、そして議論の場として提供され続けているものでもあります。

テーマについて

「真に豊かな社会とは―共に生き、共に考え、アジア・オセアニアの未来を拓くために」 プログラムのテーマであるこれについて、実現に向けて様々な活動をしておられる方々のプレゼンテーションを交え、グループに分かれて討議(何が豊かなのか? 豊かな社会にするには何が必要か? 何をすると社会が豊かになるのか? など)すると共に、相互理解を深めます。

フォーラムを通して学んだ事など

このフォーラムを通して、まずアジアの発展途上国の人々から見た日本の目線はかなり厳しいものだと思いました。なぜなら、私たちが日頃使っている割り箸は自然に生えている木を伐採して加工されているからです。それが原因で、土砂崩れが頻繁に発生し、死者が増えているというのが現実でした。またある人は、24時間店が開いているのがすごいと言っていました。私たちは日頃当たり前なものだと思っているので、その有難みには全く気づきませんでした。また、中国の人は日本に頼まれて農作物を作ったのに、日本に買い取ってもらえなかったり、また一生懸命に作ったものを売れないからと廃棄されたりするのが納得いかないという意見もありました。ジャスコへ他国の留学生を連れて行ったときには、食べ物の品の種類の豊富さに仰天していました。 このことを踏まえて考えると、我々日本人は如何に贅沢な生活を送っているのだろうかと思いました。また、我々は周りの国の事を知らずに快適さばかりを追及し続けているが、実は他国(とりわけ発展途上国)には多大な被害・迷惑を被っているのがわかりました。 ゲストとして来ておられた方々のプレゼンテーションからも、様々な事を考えさせられました。フォーラム参加前は

『貧しい国⇒お金が無い国⇒よってかわいそう。幸せではない』 『豊かな国⇒お金持ちが沢山いる⇒よって幸せ』

という考え方を持っていたのですが、実はこの考え方は間違っていました。

『豊かな国⇒お金は確かにある⇒精神的な貧しさがある』 『貧しい国⇒お金がない⇒だけど精神的に満足。幸せ』

この方程式が成り立つことを教えられました。 基調講演では、山本一力氏が次のようなメッセージを下さいました。 『人は一旦便利なものを手に入れてしまうと、それに満足せずどんどん便利なものにしようと改良をしてしまう。また、人は周り(時代の流れ)などに追われすぎている。生きる目的などが失われている事に注意しなくてはならない。そして、便利さに頼ってしまうと、人と人との繋がりを忘れてしまう』 今回のフォーラムではいろいろな角度から、このテーマに向けての答えを模索していたのですが、やはり難しい問題です。フォーラム最終日には、これからのこのテーマに突き進む生き方を皆で考えたりもしました。とても有意義なフォーラムとなりました。

グループディスカッションの資料作り。 実際のグループディスカッション。学生同士で議論する。 [...]

オーストラリアの語学研修を終えて

オーストラリアの語学研修を終えて

国際文化学科 岡野定孝裕

僕は、去年4月に国際文化学科に入学してから、この2年間外国人とコミュニケーションをとった経験が少なく、リスニングもあまり得意ではありませんでした。外国に行ってコミュニケーションをとるなんてとても考えられませんでした。

今年5月、夏にオーストラリア研修があるということを知り、これは自分を試すチャンスかもしれないと思い、また、春にカナダの研修に行ってきた友達にも研修へ行くように勧められ、この研修に申し込みをしました。

申し込みをした後、研修の約2週間を最大限に楽しみ、その中でまた1から英語を学ぼうと決心しました。ただ1つ消えなかった不安は、コミュニケーションができなくて、英語への興味が薄れていったらどうしようという不安でした。この不安を払拭してくれたのが、僕のホストマザーのBarbaraさんでした。これについての話は後ほど。

研修に行くことになり、僕が準備した重要なものをいくつか挙げてみます。ポケットに入るぐらいの小さなノート(これはかなり重宝。英語が聞き取れず、自分のいいたいことがうまく伝わっていなかった場合に、このノートをよく使った)、日常生活でよく使う会話表現を自分でまとめたノート、目覚し時計(遅刻しないために)、常備薬、ホストファミリーへの贈り物(僕は日本の風呂敷をあげた)、金沢について英語で書かれた本(会話のネタ)、家族の写真(これも話のネタ)などです。僕のホストファミリーは、50代のおばあさん一人ということがあらかじめ分かっていたので、いっぱい話すことになるだろうから、沈黙は大敵だという見当がつきました。だから、家族の写真と金沢についての本を持っていったことは本当に正解でした。 僕は、必要な日用品はある程度持っていったので、全然困らなかったのですが、唯一自分が必要だと思ったのが日本の緑茶です。オーストラリアにも緑茶がありましたけど、あまりおいしくありませんでした。僕は、引率の槻木先生が日本から緑茶を持ってきていたので、何回も先生のホテルの部屋へ足を運び、おいしい緑茶を飲みに行きました。

オーストラリアでは、数多くの出会いがありました。クラスで、台湾や韓国、ドイツの人たちに出会いましたし、ボンド大学のおもしろい先生方との出会いもありました。このほかにも、まだたくさんの出会いがありました。クラスでは、お互いに慣れない英語でコミュニケーションをとり、お互いの気持ちを伝え合いました。今でも、彼らとメールのやりとりをしています。 その数々の出会いの中で一番印象的な出会いは、やはりホストファミリーのBarbaraさんでした。彼女は、リスニングもスピーキングもできない僕を、いつも励ましてくれて、本当に温かく接してくれました。この人と出会わなければ、最初の不安は消えなかったと思いますし、ホームステイというものがこれほど楽しいものだと思いもしなかったでしょう。彼女は、僕に合わせてゆっくり話をしてくれましたし、僕が話すときはテレビの音量を下げて聞いてくれるなど、本当によく気を使ってくれたので、コミュニケーションをとるのに抵抗はありませんでした。ですが最初は、僕の英語がカタカナ英語のためなかなか聞き取ってもらえませんでした。また、彼女の話を理解するのに時間がかかってしまい、つらくなったときもありましたけど、それでも逃げずに一生懸命に聞いて話そうと努力をしました。そのせいかもしれませんが、最後には話を聞くのもそれほど苦労せず、発音もなかなかよくなってきたみたいで、向こうにも自分の言いたいことが伝わっているみたいで、会話をするのがますます楽しくなりました。

研修を終えて振り返ってみると、楽しいこともつらかったこともひっくるめて、よい経験となりました。単語だけならべるだけでも、気持ちは伝わるということがこの研修から学んだことでした。