「こわい嫁さんの話」――<曖昧性>の話――

中島 彰史

 私は学校で「言語学概論」という授業を担当しています。「言語学概論」の授業では、その存在すら普段はあまり意識したことがなく(例えば、空気のような存在である)、考えたこともない「ことば」についてあれこれ考えます。言語学は他の学問とは違って、皆さんが(母語の場合なら)自由に扱える「ことば」を対象にするので、特別な知識なしに自分なりに考えることができます。つまり、これからの人生を送っていく上で、「自分の頭で考える」という非常に大切な習慣を身につけるためにも、格好な授業のひとつだとも思っています。

 「ことば」というのは様々な役割や側面を持っていますが、その中で重要なものとして、伝えたいことを伝達したり理解したりする手段としての役割を持っていることは明らかでしょう。ここで「伝えたいこと」を簡単に「意味」という単語に置き換えると、「ことば」について考える時、「意味」を抜きにしては考えられないということになります。以下では「意味」をあれこれ考えてみることにします。

「茶色い目の大きな犬を飼っている宇宙人が立っている」
 次の日本語の文を見てください。

(ア)茶色い目の大きな犬を飼っている宇宙人が立っている

 (ア)の文の意味は複数あります。ある一つの表現に複数の意味がある場合、言語学では「曖昧である」といいます。つまり、(ア)は曖昧である文ということになります。曖昧ではありますが、「或る宇宙人が立っていて、その宇宙人は或る犬を飼っている」という意味をどの曖昧な文も共通に持っています。皆さんはどんな意味を考えつくことができますか。例えば、

1.「茶色い」のは犬の目で(つまり「茶色い目の」が「犬」にかかっていくということ)、「大きな」のは犬の体

という意味が考えられます。また、

2.「茶色い」のは犬の体、「大きな」のは犬の目(つまり、「茶色い」 は「目の大きな」という部分を越えて「犬」にかかり、「目の大きな」という部分も「犬」にかかる、ということ)

という意味も可能です。他にもいくつかの意味が可能です。

 このように日本語では、文の中で先に登場しているもの(1の場合なら、例えば、「茶色い目」)が後から登場するもの(同じく?の場合なら、「犬」)にかかっていく、つまり、修飾するのが普通です。それなら、先に登場していれば何でも後のものを修飾できるかというとそうではありません。例えば、

3.「茶色い」のは犬の目、「大きな」のは宇宙人の体

という意味は(ア)の文では殆ど不可能です。3の意味では、「茶色い目の」が「犬」を修飾していますが、そのことによって、「茶色い目の大きな犬」という部分が全体として一つのまとまりを作り、その中の一部(例えば、「大きな」)がそのまとまりの外に出て後のものを修飾することはかなり無理があります。

 「ことば」には必ず「単語」という単位が存在します。そしてこの「単語」をいくつか並べて「文」という別の単位を作っているのですが、「単語」がいきなり「文」を作り上げているのではなくて、「単語」が幾つか集まったあるまとまりが形成され、そのまとまりが「意味」を作っていくのに大きく関与していることがわかります。先ほどの(ア)の文の場合も、どの単語が結びついてまとまりを作るかによって、様々な意味解釈が可能になっています。気付かないまま曖昧な文を作ってしまい、相手に誤解される場合があります。例えば、「こわい嫁さんの話」も曖昧な表現なので、使うときは注意しなければいけません。(「嫁さんがこわい」(私の家庭のことでは勿論ありませんが)のか、「嫁さんの話がこわい」のかで曖昧です)

 

 

注)上で紹介した例は、以下の本の例を引用したり、参考にしたものです。
・大津由紀雄『探検!ことばの世界』ひつじ書房、2004年
・大津由紀雄編著『はじめて学ぶ言語学――ことばの世界をさぐる17章』ミネルヴァ書房、2009年

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