中島 彰史

 いきなり言葉の話で恐縮ですが、日本語で行為が行われる場所を表すには一般的に「で」という助詞を用います。例えば、「香林坊で友達に出会った」のように。お隣の国、韓国の言葉(韓国語には日本語と同じように、「助詞」が存在します)ではこのような時、「エソ」という助詞を使います。そして、「エソ」は行為の場所以外に移動の出発点を表す時にも使います。つまり、日本語の「から」に相当する用法もあるのです。行為の場所と移動の出発点を表すのに、日本語の共通語は異なる言語形式を用いるのに対し、韓国語では同じ形式を用いています。ところが、韓国語と同じような振る舞いを見せるものが日本語の方言の中にあるそうで、鳥取県東部方言がそれです。日本語と韓国語の言語学的親族関係はいまだ証明されてはいませんが、語学的な興味を引く言語事実だと思います。このように近い存在である朝鮮半島の事に関して、少し前から、ドラマなどをきっかけに、いわゆる、韓流ブームが起こっています。

 皆さんは、現在NHKで放送中の「宮廷女官 チャングムの誓い」をご覧になったことがありますか。舞台は朝鮮王朝中期の15世紀の終わりから16世紀半ばの宮廷。新旧勢力による権力闘争が繰り広げられた時代に、一人の女性(ソ・ジャングム)が一番身分の低いペクチョンから王の主治医まで上りつめるというストーリーです。実は、この番組は既にBSで一昨年の秋から1年間放送されていて、それをビデオに録画していたのですが、なかなか見る機会がなくそのままにしていました。ところが、この春休み時間があったので、54話(54時間)を一気に4日間で見ました。主人公のチャングムに何回ともなく襲い掛かる策略、それを見事に乗り越えていくひたむきさ、それが引き金になって更なる闘いが繰り広げられる。寝食を少し忘れながら、毎話涙してビデオを見ました。ストーリーの展開もさることながら、チャングムを演じる女優イ・ヨンエさんの優しさと賢さ、チャングムの母親の敵であるチェ尚宮(「サングン」と発音し、宮廷の女官たちを管理する役職名の一つ)役のキョン・ミリさんの演技力などにはまってしまいました。また、当時の行動規範や暮らしぶり(宮廷が舞台なので、一般の民衆の暮らしぶりではないのですが)などがどのようなものであったのかを知るうえでも勉強になりました。王に食事を出すシーンが何度もありましたが(チャングムは亡くなった母親の代わりに宮中で料理を作る女官の最高の地位に就くことが最初の夢だったので、料理を作るシーンが随所に出てきます)、12種類(肉や魚の焼き物や煮物、生野菜、乾き物、半熟卵など)の山海の珍味やおかずを味わっていて、薬食同源の考えがあるにせよ、栄養をかなり取りすぎの感がしましたが、王はお膳に出た食材の数や質が変わるか変わらないかで国情を知ることに役立てたということからすると大いに意味があったようです。

 私が学生の頃、ラテン語の授業中、先生から『「健全な精神は健全な肉体に宿る」という言葉があり、あたかもこれが真実のように受け止められているけれども、実はこの後に「そうあってくれ」といった意味が続いているのが本当である』といった内容のことを教わりました。ラテン語のことは殆ど覚えていませんが、こういうことは覚えています。「チャングムの誓い」の中でも、医女を目指すチャングムたち修練生に対して指導教授の先生が次のような台詞で医者のあるべき姿を説きます。

 「名医などいない。病に対して謙虚であり病のあらゆることを究めようとする医師。人に対して謙虚であり人のあらゆることを究めようとする医師。自然に対して謙虚であり自然のあらゆることを究めようとする医師。すなわち、謙虚さだけが医師のあるべき姿だ」
指導教授は、「謙虚」(韓国語では「キョモ」と言います)の必要性を説き、聡明な者ほど知識におぼれ傲慢な傾向にあることをチャングムに諭します。このことは言葉の習得(というより全てのこと)にも言えるのではないかと考えます。子供が母語を習得する時、実際に口に出して繰り返し覚えていきます。繰り返し口に出すということは、自分でもその音声を聞くことになり(その音声に耳がなじみ)、舌が発音を覚え、瞬発的に音声を作り出せることにつながっていきます。外国語の場合も基本は同じだと思います。母語習得の過程と外国語の習得の過程とでは異なる面があるのは勿論ですが、言葉の習得の基本である「単語を覚える」ということに関しては上記の作業の繰り返しという点で変わらないでしょう。

 外国語の単語を覚えるにはどうしたらいいでしょうか。人間は忘れる動物だと言われることがありますが、母語での日常会話の時、単語が思い出せないということは殆どありません(度忘れということはありますが)。つまり、母語を忘れないのは長い日々の実践の繰り返しの賜物ということができます。外国語の場合も本質は同じなので、長い日々の繰り返しによって覚えていくことになりますが、一日24時間、一年365日という絶対的な時間は変えられません。また、語学の勉強ばかりしてはいられません。そこで、絶対的な長さではなく、毎日の細かな時間を有効活用して、それを繰り返していく、ということに尽きるのではないかと思います。あらゆる時間を活用して繰り返す。活用の方法は一人一人やりやすいものを取り入れていけばいいでしょう。但し、覚える時、単に機械的・物理的に発音するのではなくて、この単語はこういう考えや気持ちを伝える時に使おう、という主体的な意識で学ぶことが必要です。ひたむきなチャングムの姿に涙しながら今日もビデオを見て、単語や表現を覚えよう。

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