報道英語とアメリカ社会

小原 金平

 この夏、米国南部のルイジアナ州を大型ハリケーンKatrinaが(それに継いでRitaも同じ南部を)襲った。何十万人という多くの住民が住み慣れた土地を離れ、隣のテキサス州その他の地域に避難することを余儀なくされた。この人たちをどう呼ぶかが全米で大きな問題になっている。問題になったのは当初の報道で使われたrefugeeという語である。refugeeという語が適切かどうかが議論となった。避難した人々の多くがアフリカ系アメリカ人であったが、彼らはこの語をoffensiveだと受け止めたのである。この語から連想される典型的なイメージが、アジアやアフリカからアメリカに避難してくる貧しい人たちだからである。いくつかの辞書を調べた限りでは、国外から宗教的、社会的、経済的理由で避難してくる人をそう呼ぶのか、それとも国外に限らず戦争・災害などを避けて避難所を求めてくる人のことを指すのか一定していない。いろいろな状況があるようだ。英和辞書では「避難民、難民」が最も一般的な訳語だが、ある日本のテレビニュースでは「避難者」とも言っていた。

 しかし、今回のようなケースは辞書の定義では解決できない問題である。なぜなら、災害による打撃の深刻さに加えて、アメリカ社会の人種差別、社会階級、貧富差の問題が感情的な形で表面化しているからである。「refugeeと言われると自分がアメリカ人であることを否定されたような気がする」とコメントする避難者が多くいる。あるいは、店から持ち出した食料を手に洪水の中を歩いている報道写真についても、黒人の青年の場合には「店で略奪(loot)した食料を持ち、腰まで水に浸かって歩く市民」というようなキャプションがついたのに対し、白人女性の写真には「店で見つけた(found)食料を持ち、腰まで水に浸かって歩く市民」というようなキャプションが付いたという。

 黒人指導者のジェシ・ジャクソン師は "It is racism to call American citizens refugees." と発言した。ブッシュ大統領も論争の存在を認め、次のように述べた。 " You know, there’s a debate here about refugees. Let me tell you my attitude. The people we’re talking about are not refugees. They are Americans, and they need the help and love and compassion of our fellow citizens. " しかし、無難なAmerican citizensでは広すぎる言い方にも思える。Washington Post、Boston Globeをはじめ、この際refugeeを使用しないと決めた新聞社も数多く出た。

 実際refugeeという言い方に対する反応は人によってさまざまで、これを中立的な語であり、差別語ではないとする人も多い。では、どう呼べば適切なのだろうか?一番近いものとしてはevacueeや victimsがある。しかし、ある記者はevacueeは短期間の場合に用いるので適当ではないと言う。他にも多くのことばが出現した。いくつか列挙してみると、homeless、 survivors、displaced victims、flood victims 、displaced residentsなどあるが、他にもあることだろう。国内での避難であることを配慮に入れてinternally displaced peopleとしたPC表現もあるが、これをヘルニアを患った人かと揶揄した者もいた。

 というわけで、今回のKatrinaは単にそれがもたらした被害の巨大さだけで終らないで、マスメディアのことば使いが現代アメリカ社会の敏感な部分をさらけ出すことになった。

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