『星の王子様』 ―たまには、児童文学の古典を読んでみようかー

水井 雅子

 児童文学ではイギリスに到底及ばないフランスで、『星の王子様』は昔から世界的にファンが絶えない、数少ない物語の一つです。いつの時代にもファンがいるというのはすごいことですよ。2000年にはサン・テグジュペリ生誕100年ということで、フランスでは大騒ぎでしたし、今よりも30〜40年前は一種のブームで、女子大生の中で『星の王子様』のフランス語版を持ち歩くことが流行になった時代もあったほどなんですから。静岡の方には、『星の王子様』のきれいな博物館もあるらしいですよ。

 でも現代の若者たちの中で、この本を読んだことがある人は一体どれ位いるのかしら?タイトルだけ知っているけれど、意外と読んでない、ってこともあるのでは?実はこれ、一見やさしそうでいて、結構ややこしい本ですぞ。これを作者は「子どもだったころのレオン・ウォルトに」捧げているのだけれど、献辞をよく読んでみると、子どもたちに捧げているのではなくて、子どもの心を忘れていない大人に捧げられているようですね。

 タイトルも素敵だし、挿絵も洒落てるし、そんなに長い物語じゃないし、子どもの王子様が主人公だし、いかにも児童文学という感じがするんですけれどね、いわゆる「子どもの本」とも言い切れないものがあって、そこがいかにもフランス的ではあるのですよ。

 物語にも筋らしい筋があるようなないような。モーターの故障でサハラ砂漠に不時着した飛行士(で物書き、ということは作者のサン・テグジュペリその人ってことなんだけど)が、この砂漠で出会った、どこかの星から来たという不思議な王子様から聞いた話や、王子さまとの会話を語ったものですけれど、ちょっと簡単に筋書きを紹介する、というような話ではないんですよ。是非、読んでみてほしい、としか言えません。いろいろなことが一杯詰まっていて、子ども向けというよりは、大人になってしまった人が読む本だろうと私は思っています。愛も死も出てくるし、子どもの純真さへの憧れも濃厚に感じられるけれど、一方、世間に対して批判的な感じも読み取れるし、厭世観も漂っていて、深いところに、一筋縄では行かないものを感じますね。それほど単純な話じゃない、って感じ・・・

 この中に、星の王子様が大切していた「バラ」の花の話がでてきますけどね、要するに美しいけれど刺のあるバラと仲たがいしちゃった王子様が、自分は「本当に愛するってことを知らなかったんだよ」という、一見陳腐な定番の「落ち」になっている話です。でも、そんなに安っぽい「落ち」の話ではないんですねえ、これが。そして、途中のあれこれの説明は省きますけど、このバラの花が、作者サン・テグジュペリの妻コンスエロなのだ、という解釈も有名なんです。これだけ聞くと、比喩が余りにも分かりやすいから、うっかりすると短絡的なところで納得しちゃいそうでしょう?でも、コンスエロが書いた『バラの回想』を読むと、これ又、別なものも見えてくるわけで、なかなかに考えさせられることの多い材料を抱えているんですよ。でも、美しい話であることは確かなんです。

 この『星の王子様』を読み終わったら、今度は作者サン・テグジュペリについての本(『サン・テグジュペリの生涯』)と作者のバラだった妻コンスエロ・サン・テグジュペリの思い出の記(『バラの回想』)の二冊をお勧めします。それからもう一度『星の王子様』を読んでみて下さい。いろいろなことが分かって読む『星の王子様』も、それはそれで複雑な、大人の味がしますよ。

 で、どう?せめて物語だけでも読んでみませんか?素敵な話であることだけは請合います。秋の夜長にお勧めの一冊です。

『星の王子様』サン・テグジュペリ著(岩波書店)
『サン・テグジュペリの生涯』ステイン・シフ著(新潮社)
『バラの回想』コンスエロ・サン・テグジュペリ著(文芸春秋)

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