よしもとばななを英語で読もう ―『ムーンライト・シャドウ Moonlight Shadow』―

水井 雅子

 「よしもとばなな」の書く小説は、日本語だけでも十分にオススメですけれど、今回は「彼女の作品を英語で読んでみよう、これ又なかなか良いですよ」というゴショウカイです。
 彼女の作品の英訳本は何冊か出ていますが、これはそのうちの一冊で、2002年(初版1988)に日本文の下に英語が付いている本が出ました。訳者はマイケル・エメリック。これが良い訳なのです。先ず筋をざっと紹介しておきましょう。彼女の小説は、「死」に遭遇した主人公が登場するものが非常に多いのですが、これもそうです。

 高校生のときに不意に始まった大恋愛から4年、充実して楽しかった最中、突然の事故で彼を失ってしまった女子大生の「私」(ちなみに、よしもとばななの小説は一人称で語るものも非常に多い)。その上それは、彼が弟の彼女を車で自宅へ送っていく途中の事故だった。私は彼を失い、彼の弟は兄と彼女を同時に亡くしてしまったのだ。4人でずっと仲良くしていく約束だったのに。
 私は、余りの喪失感に、毎朝走り始める。眠ると彼の夢を見るのだけれど、夢を見ている間もこれは夢で実際には彼は死んでしまったのだと分かっている自分がいて、そして目が覚めればやはりそれは本当で、余りの喪失感に気分が悪くなるほどで、だから目が覚めることが怖くて、だから夜に眠ることも怖くて、そのせいで眠れないので始めた夜明けのジョギングだった。そのジョギングの途中、橋の上で、私は不思議な女の人に出会い、彼女のおかげで、世にも貴重な体験をする。かつては彼とさよならする地点だったこの橋、今はジョギングのときに引返す地点にしているこの橋の上で、この世界を去っていく彼に出会い、互いに見つめあいながら手を振った。サヨナラをしたのだ。サヨナラができたことで、私は、「彼が年を取ることはもうないけれど、自分は永久にあの年に留まっている事はできない。年月を重ねていかなければならない。」、すなわち、彼がいなくても生きていかなければならないことを受け入れることが出来たのだった。
 物語の途中には、やはり傷心を抱えている、高校生である彼の弟とのやり取りも絡んで、失意のどん底にいた弟も立ち直るであろうことを予感させて話は終る。

 よしもとばななは、若い女の子の思いや繊細な心の動きを実にたくみに語ります。一見、軽く乾いた文体ですが、でも内容はかなり叙情的で、かつウエットで、ちょっと不可思議な要素も入っています。それでいて日本の現代的風情を漂わせてもいます。その、時に詩的で、微妙な陰影に富む、主観的な彼女の日本語を、客観的な表現に向いていると思われる英語が一体どこまで表現しうるのか?と思うのですが、おっとどっこい!この訳がじつに巧いのですねえ。(時々「へぇー?」と思いつつも、です。)しかも、英語で読む「よしもとばなな」は、日本語で読むのとは又違った良さがあります。英語表現の勉強になることも間違いないだろうなぁ。で、オススメする次第です。

 これを読んで、元気のある人は『アルゼンチンババアArgentine Hag』も読んでみてください。題は一見過激ですし、相変わらず「死」が(今度は二度も)登場しますが、もっと透明な明るさが漂っていて、物語としては(個人的には)こちらの方が好きかもしれません。訳者は澤文也。マイケル・エメリックとちょっと感じが違うのも又、面白いです。この本には、奈良美智の絵と写真がふんだんに使われているのも大きな魅力の一つではあります。こちらの方は、対訳式に右のページに日本語、左に英語で、その点は日本語の下に英語が書かれてある『ムーンライト・シャドウMoonlight Shadow』の方が、比較しやすくて良いかもしれませんけれど。

よしもとばなな著

  • 『ムーンライト・シャドウ Moonlight Shadow』 訳:マイケル・エメリック (朝日出版社、2003)
  • 『アルゼンチンババア Argentine Hag』 訳:澤文也 (ロッキング・オン、2002)

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