愛すべきシングルトンの物語 ―『ブリジット・ジョーンズの日記』―

木梨 由利

 「30代、シングル、恋人なし――世界中を共感と爆笑の渦に巻き込んだ、シングルトン小説の決定版!」日本語版の本につけられた帯のコピーです。これだけで、何の本かすぐおわかりかもしれませんね。 そう、今ちょうど映画で続編が上映中の、あの『ブリジット・ジョーンズの日記』のことです。

 30歳をいくらか過ぎて一人身のブリジットの悩みは、周囲の人たちから、しじゅう恋人や結婚について聞かれることです。新年のパーティで、子どもの時に遊んだ仲であり、今や有能な弁護士になっているマーク・ダーシーに紹介されますが、お互いの印象は今一つ。間もなく、職場の上司のダニエル・クリーヴァーがアプローチをしてきて、親密な仲になるものの、恋人としての彼の誠意ははっきりせず、やきもきさせられてばかりです。折も折、彼女の母も、35年間の結婚生活を悔いて、他の男性の元へ走る騒ぎ。マークとはその後も何度か会う機会があり、次第に彼の本当の姿がわかってきて……。

 と、大筋は映画も小説も同じです。ただ、少々の失敗にはめげないブリジットの明るさと笑顔が印象的な映画よりは、小説のプロットはもう少し複雑ですし、別の要素もあります。たとえば、女性のキャリアをめぐるさまざまな視点。ブリジットは、未婚であることで片身の狭い思いをさせられたりもしますが、一方で、大きな屋敷に住み、わが子の優秀さを自慢する彼女の友人たちの一人は、出版社勤めの彼女のキャリアをうらやんでいることがわかったりもします。彼女の母の行動も、良妻賢母であることを強いられた自分の生き方を省みることから発しています。さらに、彼女のまわりの独身の友人たちの相反する意見を通してみると、この作品は、女性の多様な生き方を提示しているように見えます。もちろん、まじめなお説教口調でではなく、面白おかしいエピソードや語り口を通してなのですが。

 もう一つの要素として、文化的、社会的背景を表す多くの固有名詞を挙げてもいいでしょう。たとえばブリジットが身に着ける衣服のブランド、買い物に行くお店、読んでいる雑誌、口にする人名、料理やお酒など。私たち日本人にはピンとこない部分も多いのですが、実はなかなか恵まれた家庭の出である彼女が置かれている物質的、知的環境や、もっと広くは、現代のイギリスが鮮やかに見えるように描かれているというわけです。

 ところで、固有名詞と言えば、見逃せないのが時々出て来るイギリスの作家の名前でしょう。ディケンズ、ピンター、ロレンスなどなど。作者ヘレン・フィールディングは、オックスフォード大学で文学を専攻したということで、なるほどと思わされるのですが、中でも、ブリジットがオースティンの『高慢と偏見』をテレビで楽しむ場面には思わずにやりとさせられます。『高慢と偏見』については、昨年6月のこの欄でご紹介しましたが、実は『ブリジット・ジョーンズの日記』は、『高慢と偏見』のパロディとしての面をもっています。『高慢と偏見』のフィッツウィリアム・ダーシーがマーク・ダーシーになっているわけで、性格や役割の点で共通する部分は少なくありません。(ついでながら、二人共をコリン・ファースが演じているのも興味深いことと言えるでしょう。)ただ、もちろん、ブリジットとエリザベスの考え方も行動パターンも決して同じではありませんし、だからこそ、彼女は現代に生きる大勢の読者の間で共感を得ることができるのでしょう。

 固有名詞がちりばめられた原文は必ずしも読みやすいとは言えませんが、日記特有の文体で書かれていて、翻訳と合わせ読めばそれなりに楽しく、この文体の特徴や生き生きとした表現に親しむことができるでしょう。

テキスト
ヘレン・フィールディング(著)亀井よし子(訳) 『ブリジット・ジョーンズの日記』 (ソニー・マガジンズ 2001)
Helen Fielding, Bridget Jones’s Diary, (Penguin Books, 1996).

 

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