過去は変えられない

リック・ブローダウェイ(訳:水井 雅子)

Einstein 人生は時の流れを行く旅だって、よく言いますが、実際その通りです。でもこれは、帰ることのない旅です。私たちはみんな、容赦なく未来に向かってだけ走る「時間旅行特急」の片道切符しか持っていないのです。もしもアインシュタインの相対性理論が正しければ、私たちはもっとずっと早く未来へ行き着くことが出来るはずです(と言っても、実際的にはそれは難しいでしょう、光速に近いスピードで旅することを求められるわけですから)。しかし過去への旅は、良くも悪くも、実際的にも無理なだけではなく、理論的にも不可能です。人間が自分のために作る歴史の中に、自分たちが入り込んでしまうことになるわけですからね。それで、私たちの言葉には、過去の行為を後悔する表現がかくも多くなる、というわけなのです。ここで、あなた方がやってしまったことを後悔したときに使える表現を、いくつか紹介しておきましょう。

表現1:〜だったら良かったのに/〜でなかったら良かったのに(動詞の過去分詞)
(例)高校のときにもっと英語を勉強しておけば良かった。
(例)タバコなんか吸い始めなければ良かった。

表現2:〜するべきじゃなかった/〜しなければ良かった(過去分詞)
(例)危険だって彼に知らせておくべきだったなあ。
(例)あんなにたくさんお昼ご飯を食べるべきじゃなかったなあ。

表現3:〜しておきさえすればなあ(過去分詞)
(例)傘さえ持ってきていれば!(そうしたら雨にぬれずにすんだのに)
(例)通りを渡る前に、左右を見てさえいたらなあ!(そうしたら車にはねられずにすんだのに)
   *(If I had only…! の形も If only I had…! も両方とも使えます)

 後悔というのはとても個人的な感情です。だからこういった表現はどれも、文の主語に代名詞の「私」を使うことになります。個人の集団も、学校のクラスとか、会社とか、時には国でさえ、みんな何かについて後悔の念を感じているかもしれませんが、でもそれはやはり非常に個人的なものです。もし、ある集団の中にいる個人の一人が、集団の代表としてそれを表明するならば、その人は他のみんなを代表した感情を推測しているわけです。

(例)我々があの悲惨な戦争を戦うことが無ければよかったのだが!
(例)我々(日本人)が、真珠湾攻撃をしさえしなければなあ!
(例)我々(アメリカ人)は日本に原爆を投下するべきじゃなかったのになあ!

 こういった表現はまた、二人称、三人称の代名詞を取ることもあります。その場合、後悔は別な人を投影し、共感する提言になることもありますし、感情的な表出というよりは穏やかな勧告になることもあります。

(例)彼女は、ボーイフレンドに他の誰かを選べばよかったのにねえ。
(例)君は、テストのためにもっと一生懸命勉強しておけばよかったんだよ。
(例)彼らが法律に従ってさえくれていたらねえ。

 幸いにも私たちは、過去の間違いやつまずきを学び、将来、正しい決定を行い、正しい行動を取る機会を作り出すことができます。それで、「今からは」という句によって始まる表現も数多くあるわけです。

表現4:〜しなくっちゃ(原形動詞)
(例)これからは、自分の健康に気をつけなくちゃ。
(例)今後、夜更かししないようにしなくちゃ。

表現5:〜するつもり(原形動詞)
(例)今からは、もっと一生懸命するつもりです。
(例)これからは、癇癪を起こさないようにするつもりです。

表現6:〜するぞ (原形動詞)
(例)これからは、どの授業にも出席するぞ。
(例)今後は、テストでミスしないぞ。

 これら3つの表現は、この文脈の中では意味が大体同じです。ここに出した(例)の話し手は、過去に何か間違いをしたことが分かっているようです(おそらくは、正しいことをするのを怠っただけかもしれませんが)。だから、それを学んで、将来は自分の行いを変えるつもりだという意志を表明しているのです。(私たち誰もがこんな状況にいるのではありませんか?)しかしながら、表現4の話し手は、表現5や6の話し手たちよりも、その決意は弱いようですよ。表現6には、大いなる決意が表れています。名詞としての「will」という言葉は、将来に向けての自分の決意や意志を実行する際、その人の個性を表す言葉である、ということが思い出されます。例えば、「強い意志(strong will)を持った人」とか「意志の弱い(weak ill)人」と言ったり、子どもに対しても「頑固な(willful)子」と言ったりしますし、誰かが何かに協力する様子を「喜んで(willingly)してくれる」といったり「いやいやながら(unwillingly)している」と使いますから。

 意志は、起こり得る後悔を避けるため、将来の人生を明らかにするために私たちが使うものです。それは、私たちが歴史を越えて自分の道を辿りながら、私たちが人体と呼んでいるこのタイムマシーンを動かしているエンジンなのです。

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