時代の終焉

益子 待也

 大学院時代の指導教官であった綾部恒雄先生が亡くなられ、8月11日と12日の両日、東京小石川の傳通院で行われた通夜と告別式に出席してきた。これで、わたしが大学院時代に教えを受けた先生方はほとんど他界されたことになる。奥様の綾部裕子先生や大学院時代に一緒に学んだ人たちとも久しぶりに会って話をすることができた。みんな年をとったが、今も変わらぬ面影を残していた。

 綾部先生のご家族とは、昔、カナダのモントリオールで一緒に住んでいたことがある。綾部先生がモントリオールのマギール大学で客員教授として半年間、文化人類学を講義されたとき、わたしもたまたまヴァンクーヴァーに留学していたので、休みを利用してモントリオールに行き、そのまま綾部先生のご家族が住んでおられた家に上がりこんだのだ。モントリオールは、坂の多い、美しい街であり、リスがたくさん住んでいた。モントリオールのレストランで食べたフランス料理は本当においしく、フランス語も美しい響きをもつ言語だと感じた。ケベック州には、フランス語で教えるラバール大学と、英語で教えるマギール大学があるということも、そのとき知った。その後、一人でケベック・シティに行ったが、バスの中でジロジロ見られて、恥ずかしかったことを覚えている。

 綾部先生が逝去されて、わたしにとって一つの時代が終わったような感懐を禁じえない。わたしが大学院時代に影響を受けた先生は、文化人類学の綾部先生と日本民俗学の宮田登先生であった。このお二人は、学風も対照的で、お互いに仲が悪いと院生の間でも評判であった。しかし、わたしは宮田先生から日本民俗学の面白さと奥深さを学び、綾部先生からは文化人類学を通して世界を見る見方を学んだと思っている。だが、この両先生は、もう鬼籍に入られた。わたしはといえば、その後、博士号はとったものの、何の目標も見出せないまま、馬齢を重ねて、今日に至っている。まことに歯がゆいかぎりだ。

 わたしは今、本学で、大別すると、二種類の授業を担当している。一つは世界のさまざまな文化についての授業、もう一つは日本国内のさまざまな地域の文化についての授業である。世界の文化を研究するときは文化人類学、日本の文化を研究するときは日本民俗学という学問体系を意識している。世界の文化を研究する場合には、語学を中心にした異文化に対するセンスが重要だと思っている。異文化を学ぶためには、まず徹底的に語学を学び、その国の人になりきらねばならない。一方、日本文化を研究する場合には、一つのテーマを粘り強く追いかけ、史料を集めて読みこなす根気強さが求められる。

 私自身が年老いてしまった今、綾部先生の文化人類学と宮田先生の日本民俗学の対立には、答が出たような気がしている。文化人類学からは、もうオリジナリティは出ない。その意味でも、一時代の終焉を感じて寂寞とした思いに駆られる。ただし、文化人類学はきわめて裾野が広い分野である。これからは、他の学問分野にも「越境」し、学問の守備範囲を広げて、この学問が本来もっていた幅広さを取り戻さねばならないと感じている。

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