益子 待也


 わたしにとって文化人類学や日本民俗学は、知的な日常活動の一つであり、ある意味で趣味や生きがいのひとつでもある。しかし、わたしの意識の中では、「文化人類学」や「日本民俗学」や「比較文化論」とは、従来の常識が規定する狭い専門分野(通常科学)ではありえない。それは、いわば高い志を内に秘めた高度の「教養」であり、結果として一つの明確な「認識」を形成するような野心的で良質でタフな生き方である。わたし自身は常にそのような「認識」をもって日々を生きていきたいと思っている(とはいうものの、現実はキビシーので、思うようにはならないが)。

 その学問分野は、未だ命名されていない未発の分野であり、文化人類学や日本民俗学をはじめ、歴史学、社会学、哲学、心理学、言語学、文学、考古学、美学などをすべて含むような多角的な人間文化研究であると考えている。あえて命名するならば、それこそが、わたしの考える「歴史人類学」なのであり、わたしはそのような学問分野を便宜上「文化人類学」と呼んでいるにすぎない。英語を学ぶことも、フランス語を学ぶことも、中国語を学ぶことも、韓国語を学ぶことも、あるいはモーツァルトのピアノ・コンツェルトを聴くことも、サッカーのワールドカップを見ることも、琴欧州の相撲からブルガリアン・ポリフォニーを連想することも、テレビで「タイガー&ドラゴン」を見ることも、わたしにとっては、人間文化研究のひとつなのである。また、フェルナン・ブローデルの『地中海』であれ、ミシェル・フーコーの『言葉と物』であれ、フィリップ・アリエスの『子供の誕生』であれ、柳田国男の『明治大正史世相篇』であれ、それらはすべてわたしの考える「歴史人類学」の中に含まれており、わたしにとっての人間文化学なのである。

 21世紀がわれわれのまったく知らない経験をする時代になることは、まちがいない。実際、わたしが子供のころ、パソコンで文字を書いたり、インターネットで世界のニュースを知るようになるなどとは、想像もしなかった。「パソコン」や「インターネット」という言葉さえ存在しなかったのだし、わたしが小学校3年生のときに、初めてテレビを近所の家が買ったぐらいだから、その存在を想像できるはずがなかった。現代では、人間とモノと情報がたえず移動と接触をつづけ、通常は目に見えないネットワークやシステムが地球とそこに住む人々の心に触手を延ばしている。この未経験の状況は、ときに厭世的で絶望的な無力感を与えているようにも思われるのだが、このような時代だからこそ「歴史人類学」や「人間文化学」を学ぶことが必要なのだと思う。わたしの考える「歴史人類学」は、民族紛争、環境破壊、新興宗教の台頭、いじめ、病気など、あらゆる問題群を俎上に乗せる。だが、最初から大きな理論を信奉するのではなく、むしろマイナーなもの、社会全体の現実的利害からはどうでもよいようなもの、たとえば「燕」と人間の共生関係といった一見、好事家的なテーマを、人間と生活世界の側から取り上げて研究することから出発し、結果的に大きな問題に接近できればよいと思っている。

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