数字を読む

中西 茂行

 本学国際文化学科発行の雑誌『金沢コミュニケーション』第2号(2005年3月)を読んでいて思わず含み笑い(ニヤッかニンマリか?自分でも分からない)をした箇所がある。それは雑誌巻頭の「行動心理コース」紹介を兼ねた鼎談(3人の先生による談論)で心理学のK先生がコメントされた箇所である。

 心理学を専攻すると実験とか統計学を勉強しなければならないかと問われて――

 K先生「統計というのがありますけれど、これに怖がらないで来てほしいです。われわれが使う統計というのは心理学研究の技法の一つで、われわれが統計の公式を考えるわけでないんです。われわれは統計のユーザーなんです。車の運転をするには、車の構造を知る必要はないんで、使い方さえ間違えなければ事故にはならない。」

 私がニンマリかニヤッとしたのは「車の運転をするには、車の構造を知る必要はないんで、使い方さえ間違えなければ事故にはならない。」という喩えの部分である。

 ずっと以前に、これと同じ意味の話を「社会調査法」の授業で聞いた記憶がある。社会調査法のY先生は、次のようなことを言われた。よく、統計学者は社会学の人達は統計学のことを知らないで統計数値を扱うから駄目だと批判する。しかし、テレビで番組を見ようとするのにテレビの構造を知る必要はないだろう。要は、チャンネルの扱い方、画像と音量調節が出来れば問題はない。そのようなことを言われたと思う。そのことを思い出したのである。私には、心理学のK先生と数理社会学のY先生が同じ事を言われたのが面白かった。

 ところで、私がここで「数字を読む」という表題で述べることは統計学の検定法や高度の解析テクニックのことではない。もっともっと単純なことである。しかし、重要なことである。それは、「良質」の調査報告の統計データを「時系列」で見ることの勧めである。ここで「良質」というのは、正しい統計的調査手順を踏んだ調査ということである。次に、「時系列」データとは、同じ質問項目を1年とか5年とかの間隔で継続して調査をした結果の数値のことである。幸いなことに、現在の日本では、アカデミックな研究機関、官公庁の調査報告、民間シンクタンクなどでこのような条件を満たしてくれる報告書が幾つもある。

 ここでは、私がよく授業で使ったりする社会意識調査の結果を3つほど紹介しておこう。

  • 統計数理研究所「日本人の国民性」調査(1953年から5年間隔での継続調査)での「自然と人間の関係」についての質問項目:人間が幸せになるためには「自然に従え」か「自然を利用」か「自然を征服」か。調査開始時1953年では最も支持率が低かった「自然を征服」が1958年から1968年まで増加し、「自然に従え」よりも多くの支持を得ている。ところが1973年のオイルショック後は「自然を征服」支持は急落し「自然に従え」支持が急増する。そして、1993年以降はそれまでずっと1位を保っていた「自然を利用」すら抜いてトップに躍り出ている。
  • 内閣府大臣官房政府広報室「国民生活に関する世論調査」(1958年以降毎年調査)での「心の豊かさ・物の豊かさ」についての質問項目:1975年までは、生活における「心の豊かさ」よりも「物の豊かさ」重視の方が支持率が高い。ところが、1980年以降になると、「心の豊かさ」を求める人が激増する。女性の中・若年層から始まったこの傾向は1985年以降男女を問わず、ほとんどどの年齢層においても「心の豊かさ」が優位を占めるようになる。
  • NHK放送文化研究所「日本人の意識」調査(1973年から5年間隔の継続調査)での「人間関係」についての質問項目:「近隣」「親せき」「職場」ごとに<全面的>つき合いか<部分的>つき合いか<形式的>つき合いかを問うている。1973年−2003年、30年間の変化は、近隣、親せき、職場三つの領域に共通して<全面的>なつき合いへの志向が減少し、<部分的>や<形式的>が増加していることである。また、<全面的>つき合いの減少傾向は、まず、近隣で始まり、次に親せきで、そして、最後に職場で進展したことが分かる。

 さて、皆さんはこの3つのデータからどんなことを思いますか?皆さんがそれぞれに思うこと。それは、第二次世界大戦後、高度経済成長を経た現代の日本を考えるきっかけとなるのではないでしょうか。統計学的解析テクニックを知らなくとも「良質」の統計的調査報告をベースとして自前の問題発見へと進むことも可能ではないでしょうか。

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