交渉ゲームを楽しむ中国人

林 暁光

 中国人は、日本人より交渉好きなタイプが多いようです。合理主義を取ってきた中国人は、常に最小の投資で最大の利益を求めようとする傾向があります。ここで、いわゆる「最小の投資」とは、「口と舌」だけという意味で、利益を手に入れることができそうなものがないと思われるかもしれません。交渉苦手の日本人に比べてみると、交渉を避けようとせずに、立ち向かっていこうとする姿勢を強くあらわすべき考え方は、中国人の哲学と言えるでしょう。

 中国では、交渉することは、むしろ日常茶飯事のものと見られています。博物館の閉館時間が過ぎていても、急いで走ってきた入館者が警備さんを呼んできて、「時間を少しオーバーしてもらえないでしょうか」と訴え、直ちに交渉作戦に突入します。交通違反の場合にも、「違反しないとかえって大変なことになる」と、正当化を詳しく陳述し、警察の同情心を喚起しようとする交渉が必死に行われます。その中でも市場は、交渉能力を鍛えられる絶好の舞台のようです。

 中国では、値引きという交渉をしなければ、買い物の楽しさも完全に失われてしまうという認識が一般的です。それで、私は中国への事前研修を行う場合、学生諸君に必ず値引きのテクニックを伝授します。「100元と言われたら、半額の50元と言い返せば、ほぼ正解だ…」と。ちなみにそのテクニックを身につけ、中国で赫々たる「戦果」を得た学生も出ているようです。つまり中国人には、値引きを含むいろんな交渉が、一種の対人コミュニケーションであり、一種の楽しみでもあります。なぜかというと、交渉が個人の実力がアピールできる機会だと認識されているからです。交渉そのものは人生のゲームとみられ、一種の楽しいチャレンジとも言えます。従って、中国人には、相手に自らの主張を納得させ、同調させられたら、これほど嬉しいことはありません。

 法的制度がすべての領域をきちんとカバーしている日本では、自分の利益に関わる事柄に当たって、既成の契約や規則及び制度の裁量に任せるのが良いことのようです。世の中において、当事者の交渉能力の優劣のみによって、とんでもない損をもたらされることは、めったにないようです。つまり、日本では、規則やルールをきちんと守り、決められたことをみな守って、その枠をはみ出さないようであれば、当事者が交渉してもしなくても、最終的結果はほぼ同じです。そのためかもしれませんが、日本人の交渉能力は、盲腸と同じように退化してしまったようです。他方、中国では、むしろ交渉能力の優劣は、本人の利害得失に直接関わるケースがかなり多いようです。

 この10年間、日中合弁企業が多く作られていますが、いろんなトラブルがあり、中途で挫折した企業もあるそうです。原因の一つは、中国側があくまでも「臨機応変」という哲学を重要視しており、たとえ決められたばかりのことに対しても、ちょっと何か不都合のことがあれば、すぐ調整したり、修正したりするような交渉態勢を取っているからのようです。それに対して、日本側は交渉大好きの中国人を、全く理解できないようです。

 いつの日か、中国人にとっても、交渉能力が人間の盲腸と同じように無用の長物になったら、中国における成熟的な社会の到来を意味すると言えるかもしれません。

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