流行語

中西 茂行

  先日、国際文化学科1年生向けの授業で、「うまいホーム主義」と言う言葉がテキストに出てきた。鵜飼正樹他編『戦後日本の大衆文化』という本の「冷蔵庫−食生活の変化と生活意識の変容−」という章でのことである。1988年の家電メーカー新聞広告で、新製品の冷蔵庫・ホームベーカリー・オーブンレンジの写真が上下左右に載っていてそのど真ん中に「うまいホーム主義」というコピーが大きく載っている。そして、それに「会話までおいしいわが家です。」と小さな添え書きがされている。

 1985、6年生まれの新入生諸君には、このコピーが食生活と家庭生活の楽しさを訴えているんだな〜ということは分かっても、そのことを訴えるのに、ひらがなの「うまい」とカタカナの「ホーム」とそれに「主義」という漢字まで使って「うまいホーム主義」というコピーをつくる意図が分からない。当然である。このコピーは1960年代、70年代の流行語「マイホーム主義」を下地にしているのだから。

 「拉致家族」「将軍様」「万景峰号」「美人組」/「Jリーグ」「ワールドカップ」「ドーハの悲劇」/「冬のソナタ」「ヨン様」/「三位一体」「郵政民営化」「小泉改革」/・・・これだったら今の学生さんもその意味するところは充分分かるというものである。今マスコミをにぎわす流行語だから。このように、いくつかの流行語をセットにするとある社会の側面、ある時代の世相が思い浮かぶ。そして、時として、そのような流行語から人々の心情の一端をうかがい知ることもできよう。

 このような流行語には、1. 一般語として定着する、2. その後の原義に返る、3. 死語と化す、という風な違いがある(鷹橋信夫)。1の例を挙げれば、「カラオケ」「カップラーメン」「ライフスタイル」など。2の例は、一時マスコミが必死になって追いかけた新興宗教信者の「白装束」とか、古いところでは、昭和天皇危篤時の「下血」などが思い浮かぶ。そして3の例となると数知れず。「カストリ」「一銭五厘」「竹の子族」「マイホーム主義」等。今の学生諸君のほとんどはこれらの言葉を知らない。

 流行語を世相の反映とみなすとして、その確定方法にどのようなものがあるか。その方法の一つとして、市販の一般常識・流行語用語集にその言葉が何時掲載され何時削除されたかを調べてみるという方法がある。私は時折『現代用語の基礎知識』を使ってこの方法を試みることがある。先の「マイホーム主義」を調べてみよう。
 「マイホーム主義」という用語が、豊かな物質生活を求める私生活、家庭生活重視と家族外の社会への無関心を指摘する言葉として最初に登場したのは1968年版である。その後、1980年版まで掲載が続く。そして、その22年間のうちにマイホーム主義の解説文が何段階かの変化をしている。家庭生活重視への一定の評価→管理社会からの逃避→マイホーム(持ち家)獲得への涙ぐましい努力だという揶揄。マイホーム主義と関連すると思える用語も調べてみるとこの流行語の時代性への理解が一層深まる。「三種の神器(洗濯機・冷蔵庫・白黒テレビ)」が1958年版より、「3C(カー・クーラー・カラーテレビ)」が1967年版より掲載される。そして、1968年版に「マイホーム主義」「核家族」「団地生活」が同時掲載となる。このように、マイホーム主義という言葉で示される生活様式や生活意識は1957,8年頃から1967,8年頃に発生したものである。そして、この言葉には、当時の民衆の夢が込められ、同時にそのような生活意識に対する識者の批判的評論、言説がない交ぜになっているのである。

 私は、必要あってここのところ「自分史」ブームについて調べている。その過程で、自分史ブーム発生、定着の時期を確定する必要が生じた。よく言われるのは、1970年代後半という説と1980年代後半という説である。そこで、『現代用語の基礎知識』にあたってみたところ、「自分史」という用語は、1992年版初掲載であった。初出年は私が思っていたよりもずっと遅い。自分史という言葉は1990年代に一般化したと言うことになる。これでは定説とかなりの開きがある。しかし、よく見ると、1987年版に「ニュー学問データバンク」という短文用語解説に「自分史学」なるものが登場し70年代頃も視野に入れた解説がなされている。残念ながら、自分史に関しては、『現代用語の基礎知識』だけでは自分史ブームの内実を十分把握できないが、他の情報と照らし合わせてみると(例えば、新聞記事に自分史に関する記事がいくつ掲載されたかなどをデータベースで探す等すると)、自分史ブームは、1980年代後半に本格化し、90年代に入って一般的認知を得たことがわかる。

 社会学者、中野卓はその主著『商家同族団の研究』の一節に幕末期、1867年に起きた乱衆行動「ええじゃないか」を取り上げ、幕末の民衆が「〜〜〜〜ええじゃないか」と独特の節回しで謡ったといわれるこの現象を「前面肯定と全面放棄を一語にあらわした「ええじゃないか」のリフレイン」と形容した。この形容によって中野は、幕末の社会の変わり目に置かれた民衆の心情をものの見事に解析している。さて、私たちは身近の流行語からどれだけ時代の雰囲気とその当事者の心情を感知できるであろうか。

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