保育所に預けられた子どもは可哀そうか?

前川 浩子

「保育の質と子どもの発達」 「北陸は“共働き”が多い」、と一度くらい耳にされたことのある方もいらっしゃるのではないかと思いますが、本当のところはどうなのでしょうか? 何となく、経験や実感としてお持ちの方は多いのではないかと思いますが、統計的にはどうなのでしょう。
 総務省ではさまざまな統計調査が行われていますが、その調査の基礎的なデータを用いて『社会生活統計指標―都道府県の指標―』という報告書が作成されています。総務省のホームページから統計表もダウンロードすることができます。この社会生活統計指標の人口・世帯という分野に「世帯・家族」の統計表があり、共働きの世帯の割合を知ることができます。

 2005年では、第1位が福井県(39.55%)、第2位が山形県(39.38%)、第3位が富山県(38.63%)、第4位が新潟県(36.19%)、第5位が長野県(35.80%)となっていました。1位と3位に福井県、富山県が入り、石川県も上位5県には入っていませんが、8位(34.61%)に位置しており、やはり「北陸は“共働き”が多い」と言えるのかもしれません。ちなみに、全国での共働き世帯の割合は26.57%、最も共働き世帯の割合が低かったのは東京都(18.97%)でした。

 さて、共働きの家庭にとって子どもを養育する上で欠かせないのが、保育所や保育園といった家庭外保育の場です。泣き叫ぶわが子を保育士さんに託して、自分も悲しい思いを抱きながら職場に向かうお母さんや、「こんなに小さいのに保育所に入れて子どもが可哀そう」、「子どもが3歳になるまでは自分で育てたらいいのに」と言われながら、苦しい気持ちで子どもを保育所に預けているお母さんもいらっしゃるのではないでしょうか。今回は、この「保育」について考えてみたいと思います。

 つい先月のことですが、『保育の質と子どもの発達 アメリカ国立小児保健・人間発達研究所の長期追跡研究から』という本が出版されました。この本は2部構成になっており、第1部ではアメリカ国立小児保健・人間発達研究所が行った研究結果の翻訳が、第2部ではこの研究結果を踏まえて日本の保育の質を考えるという座談会の模様が掲載されています。巻末には付録として「ポジティブな養育のチェックリスト」も付けられています。研究者だけでなく、実際に子育てに関わるお父さん、お母さん、そして保育士さんにとっても大変読みやすい本となっています。それでは、この本の内容(主に研究結果)について、少し見てみることにしましょう。

 アメリカ国立小児保健・人間発達研究所(以下NICHD)は、アメリカにある国立の保健研究所の一つですが、さまざまなタイプの家庭外保育と、これらの施設を利用する家庭と子どもについての大規模な長期追跡研究(「発達初期の保育と子どもの発達に関する研究」)を1991年にスタートさせました。追跡研究では、同じ家庭をずっと研究対象として扱っていかなければならないため、労力も費用もたくさんかかります。しかし、追跡することによって子どもたちがどのように発達していったのかを把握できるわけですから、大変貴重な研究であると言えます。
 このNICHDの研究は大きく4つの期間に分けられます。第1期は子どもが1歳から3歳まで(1991~1994年、1364家族)、第2期は小学校1年生まで(1995~1999年、1095家族)、第3期は小学校6年生まで(2000~2004年、1073家族)、第4期は中学3年生まで(2005~2007年、参加者数は集計中)となっており、16年間にも渡って研究が行われています。『保育の質と子どもの発達 アメリカ国立小児保健・人間発達研究所の長期追跡研究から』でまとめられているのは、第1期と第2期にあたる出生から4歳半までの研究結果です。

 この研究結果で明らかになった最も重要なことは、「母親による養育でもそれ以外の人による保育でも子どもの発達にはほとんど差がなかった」ということです。つまり、お母さんからの養育だけを受けている子どもと、お母さん以外の人からの保育を受けている子どもを比べても、どちらかが発達が良い、あるいは悪いということは示されなかったということです。この研究結果がわが国にも応用されるとするならば、苦しい思いをしながら、わが子を保育所に預けるお母さんの気持ちが少しでも和らぐでしょうか。
 さらに、NICHDの研究からは次のようなことも明らかになりました。「保育の特徴の違いは、子どもの発達にある程度影響を持つ」ということです。ここで扱われている保育の特徴とは、保育の質、保育の量(時間)、そして保育施設の特徴(施設型かどうか)を指しています。ここでは、保育の質の高さについての結果をご紹介します。4歳半までの結果では、母親以外からの質の高い保育を受けている子どもは、質の低い保育を受けている子どもよりも、言語と知的発達の面でやや良好な発達を示しており、また3歳までの結果では、質の高い保育を受けた子どもたちのほうが、協調性が高いことが示されました。ここで言う質の高い保育とは、ひとりの大人がケアをする子どもの人数が少なく、クラスの人数が少なく、保育者の教育歴が高いという保育の構造に関する部分と、保育者が子どもに対して元気で明るく接し、子どもの行動に対して敏感で、子どもの興味とやる気を励ますようなポジティブな養育をしているかという保育のプロセスに関する部分であると述べられています。このように、NICHDの研究では、保育の質を査定する試みもなされていたのです。

 そしてこの研究では、家庭が子どもに与える影響も明らかになりました。家庭でどのような養育が行われているかということは、家庭外保育を受けない子どもにとっても、家庭外保育を受けている子どもにとっても、子どもたちが健康で、幸せに毎日過ごす(本文では“ウェル・ビーイング”)ためには大切なものであるということがわかったのです。この結果を読んで、以前、保育士さんがおっしゃった次の言葉を思い出しました。「お父さん、お母さんがハッピーではないお家に、子どもを帰したくありません」

 共働きの家庭にとって、家庭外保育は子どもを育てる上で必要なものです。そして、家庭外保育を受けたからといって、子どもの発達に悪い影響を与えるわけではないということは、とても心強い研究結果と言えます。しかしながら、それと当時に、やはり家庭での養育の内容も子どもの発達には影響を与えていた、という結果も私たちは受け止めなくてはなりません。共働きの家庭では、限られた時間の中で、子どもといかに過ごすかという工夫も必要になってくるのかもしれません。アメリカで行われたこの大規模な研究の結果が、わが国の子育ての環境にすべて応用できるとは限りませんが、養育や保育といった子どもを育むことについて、もう一度考え直すきっかけになるのではないかと思います。

 

参考文献

日本子ども学会編 (菅原ますみ・松本聡子訳) 2009 『保育の質と子どもの発達 アメリカ国立小児保健・人間発達研究所の長期追跡研究から』 赤ちゃんとママ社

総務省統計局 2009 『社会生活統計指標―都道府県の指標― 2009』
  こちらからExcelデータが入手できます。

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