頭の中で回転させる

中崎 崇志

 頭の働きを表す言葉に『頭の回転』というのがあります。『眠くて頭が回らない』という言い方をすることもありますね。
 今回は,回転は回転でも,頭の中で『回転させる』という話です。さて,何を回転させるのでしょうか。

正しい文字か鏡映文字か 右の図には,アルファベットとそれを鏡に映した文字(鏡映文字)が書かれています。
 まず(a)について考えてみます。どちらが正しい文字でしょうか? たぶん,すぐに答えられると思います。左は正しい文字で,右はそれを鏡に映した鏡映文字。あまり難しくないですよね。
 では,下の(b)はどうでしょうか。ちょっと考えないと判断できないかもしれません。この「ちょっと考える」の内容が問題です。
 ほとんどの人は,図の内容を『いつも見ている文字の形に近いところまで回転させて,それから判断して答えた』のではないでしょうか。私たちはふだん,まっすぐ(垂直)な文字を読んでいますから,それに近い角度なら判断がしやすいわけです。
 この『頭の中でぐるりと回転』させる作業を『心的回転(メンタル・ローテーション)』と言います。

 シェパードとメッツラー(Shepard & Metzler, 1971)は,立方体をいくつか組み合わせた立体的な図形を使って,画面に提示される図形が見本と同じものかどうかを判断させる実験をおこないました。画面に提示されるのは,見本の図形を平面上で回転させたもの(図2)です。これは文字よりもさらに判断が難しくなります。ふだん見慣れていない図形なので,同じ図形かどうか判断するために回転させる作業が,文字を回転させるのよりもずっと難しいからです。
 もちろん,図形を実際に紙に描き写して,その実物を回転させれば話は簡単なのですが,この研究の重要なところは,頭の中で『図を視覚イメージ化して回転』させるところにあります。しかし,どうすれば『回転させている』と主張できるでしょうか。

 シェパードとメッツラーは,出題から判断までにかかる時間(反応時間)と図形の角度差の関係で説明しました。グラフの横軸に実験参加者に見せる図形の角度差をとり,縦に反応時間をとってグラフを描いてみると(図3),角度差が大きくなる=図形の方向をそろえるための回転角度が大きくなるほど,反応時間が長くなることがわかりました。つまり,より多く回転させる分だけ反応時間が延びるわけです。こうすれば,判断にかかる時間の値から回転作業の存在を想定することができるのです。

Shepard & Metzler(1971) Shepard & Metzler(1971)の結果

 さて,ここまで読んで疑問を持った人はいないでしょうか。
『わざわざ回転させなくたって,わかるときもあるんじゃない?』
 そうなのです。私たちが回転を必要とするのは,比べようとしているものどうしの相対的な方向に基づく判断が必要なときだけです。
 相対的な方向に基づくというのは,何度傾いていようと,互いに同じ方向にそろえたら同じものになると考えた上で,見ているものについて判断することです。例えば,観光地にある案内板に大きな地図が描かれていることがありますが,この地図は動かせません。自分の目の前の道路は,自分から見て左右の方向に通っているのに,地図では上下に描かれていることもあります。そこで,今自分が通ってきた道を基準にして,地図を回転させて考えたりします。回転させた結果が本当の道路と一致するので,「相対的に見た目の方向は違うが,本質的には同じ」なので,私たちはその案内地図を利用できるわけです。
 一方,「絶対的な方向情報」まで考慮する判断とは,「今目に映っている状態」を,そのまま,見た目通りに判断することです。ですから,垂直な「R」と右に45度傾いた「R」は「違う」ということになります。

 この心的回転については,いろいろと面白い解説がありますし,1970年代に多くの心理学者が意見を戦わせた『イメージ論争』に大きな貢献をした研究でもあります。大学の図書館にも本がありますので,読んでみてください。

 

参考文献

高野陽太郎(著) 1987 傾いた図形の謎(認知科学選書11) 東京大学出版会

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