子どもの適応と夫婦関係

前川 浩子

 心理学コラム4月号では,「子どもの問題行動の発達は母親の育て方に原因があるのか?」というタイトルで執筆しましたが,このときのコラムで参考にした,菅原ますみ先生が書かれた『個性はどう育つか』の中から,今月も大切な知見をご紹介したいと思います。

図1.夫婦関係,親の子どものへのかかわり,子どもの行動と発達の相互の影響(Belsky, 1981) 子どもの発達や適応にはどのような家庭環境が影響を及ぼしているのか,ということを考える際に,多くの研究では,「子どもと母親」あるいは「子どもと父親」の関係に注目されてきました。つまり,お母さんは子どもに優しいか,お父さんは子どもに暖かいか,といった,母子関係,父子関係が独立して扱われることが多かったのです。
 しかし,家庭や家族というのは,子どもとお母さん,子どもとお父さんという関係だけが独立して存在しているわけではありません。例えば,両親と子ども二人(Aちゃん,Bちゃんとしておきましょう)という家庭ならば,お母さんとAちゃんの関係,お父さんとAちゃんの関係,お母さんとBちゃんの関係,お父さんとBちゃんの関係が,まず親子関係として考えられますね。しかし,それだけではありません。きょうだい同士の関係,つまりAちゃんとBちゃんの関係も家庭の中には存在しています。そして,もうひとつ忘れてはならないのは,お母さんとお父さんとの関係です。そう,夫婦関係の存在ですね。

 ひとつの家庭内では,家族はお互いに影響を及ぼしあっています。ベルスキー(1981)は子どもの発達に対する親の影響は,母と子,父と子を独立にとらえるのではなく,父・母・子を一体とした関係の中でとらえる必要があるとして,このことを図1のように概念化したのです(高橋,2006より引用)。

 では,夫婦関係というのはどのようにして調べたらよいのでしょうか。みなさんは,「夫婦関係がいい」という言葉には,どんなイメージを抱きますか? 夫婦関係がいいというのは,どのような夫婦なのでしょうか。きっと,夫婦仲がいい,夫婦がお互いに理解しあっている,夫婦がお互いのいいところを認め合っている,お互いを大切に思っている,などといったイメージではないでしょうか。つまり,夫婦間の愛情を調べることによって,夫婦関係というものを測定できるのではないかと考えられるのです。
 菅原・詫摩(1997)は,夫婦間の愛情を測定する尺度として「マリタル・ラブ(Marital Love)尺度」を開発しました。マリタル・ラブ尺度の質問項目の例は次のようなものです。

「妻(夫)といると,妻(夫)を本当に愛していることを実感する」
「妻(夫)は魅力的な女性(男性)だと思う」
「どんなことがあっても妻(夫)の味方でいたい」
「妻(夫)とは今でも恋人同士のような気がする」
「妻(夫)の考えや気持ちをいつもわかっていたい」
「妻(夫)を一人の人間として深く尊敬している」
「妻(夫)と私はお互いに出会うためにこの世に生まれてきたような気がする」

 これらの質問項目について「1.全くあてはまらない~7.非常によくあてはまる」までの7段階評定で回答してもらい,合計得点を妻から夫,あるいは,夫から妻への愛情得点とするのです。
 では,このような夫婦の愛情は子どもの発達にどのような影響を与えるのでしょうか。菅原ら(2002)では,夫婦間の愛情と,家庭の雰囲気(居心地のよさ),そして子どもの抑うつ傾向との間にどのような関連性があるのかについて検討が行われました。
 夫婦間の愛情については,先ほど説明した「マリタル・ラブ尺度」が用いられましたが,家庭の雰囲気については,「家にいてほっとする,のびのびできる,温かい感じがする」といった居心地のよさについて測定されました。なお,この「居心地のよさ」の得点は,家族のメンバー間で互いに一致する傾向にあったそうです。また,子どもの抑うつ傾向に関しては,「泣きたいような気になる,逃げ出したいような気がする,生きていてもしかたがないと思う,とても悲しい気がする」などの質問項目でたずねられ,得点が高いほど,抑うつ症状(落ち込みや興味の減退など)が高いと判断されました。

図2.子どもの抑うつと夫婦関係との関連(菅原ほか, 2002) さて,図2がこの研究の結果です。まず,「父親→母親への愛情」から「家庭の雰囲気」に矢印が向かっており,その値は.37です。この値はパス係数といい,-1.0~+1.0の範囲を取ります。値が大きいほど,影響力が強いことを示しています。また,.37のとなりにアスタリスク(*)が2つついていますが,このしるしは,この数値が偶然ではなく,統計学的に意味のある値であることを示しています。つまり,この矢印は,「お父さん(夫)がお母さん(妻)へ抱く愛情が強いと,家庭の雰囲気がよくなる」ことが統計学的にきちんと示されたよ,ということを意味しています。さらに,「母親→父親への愛情」から,「家庭の雰囲気」にも矢印が向かっており,.23のとなりにはやはり,アスタリスクが2つついています。先ほどと同じように,「お母さん(妻)がお父さん(夫)に抱く愛情が強いと,家庭の雰囲気がよくなる」ことがやはり示されたといえるのです。
 そして,「家庭の雰囲気」から「子どもの抑うつ傾向」に向かっての矢印の係数は-.51となっており,アスタリスクも2つついています。ここで注意しなければいけないのは,係数についている「マイナス」ですが,これは一方が高いと,一方が低いということを意味しています。このことから,「家庭の雰囲気がいいと,子どもの抑うつ傾向は低くなる」ということがいえるのです。

 図2をまとめて菅原(2003)は「夫婦間の愛情関係が強いほど家庭の雰囲気はより暖かいものになり,その暖かさが子どもの抑うつ傾向の悪化を防ぐことができる」と述べています。この研究から明らかになったことは二つあります。ひとつは,家庭の雰囲気がよければ(ここでは,居心地のよさ),それは子どもの抑うつ傾向を防ぐ役割を持つということです。友達とけんかをしたり,先生から叱られたりといった,家庭外でのトラブルも,その悲しみやいらだちを和らげることができるような居心地のよい家に帰って来ることができるならば,その傷が精神症状へと発達するのを防ぐことができるということです。そして,もうひとつは,そのような居心地のよい家庭の雰囲気を作り出す背後にあるもののひとつは,夫婦の愛情であるということです。

 子どもは大人が考えているよりも,お父さんとお母さんが仲良くしているのか,ということに敏感で,もしかしたら,よく見ているのかもしれません。大人であっても,自分の大切な友達同士が仲良くなるとうれしいものではないでしょうか。子どもにとっても,それぞれ大切なお母さん,お父さんが仲良くしている姿を見るということは,うれしく,そしてほっとするものなのかもしれません。

 

参考文献

高橋道子 2006 『親子関係の形成と発達 岩井邦夫ら グラフィック乳幼児心理学』 サイエンス社 Pp.132-133.
菅原ますみ 2003 『個性はどう育つか』 大修館書店 Pp.194-208.

 

『個性はどう育つか』(菅原,2003)の中で引用されていた研究

菅原ますみ・八木下暁子・詫摩紀子・小泉智恵・瀬地山葉矢・菅原健介・北村俊則 2002 夫婦関係と児童期の子どもの抑うつ傾向との関連――家族機能および両親の養育態度を媒介として―― 教育心理学研究,50,129-140.
菅原ますみ・詫摩紀子 1997 夫婦間の親密性の評価:自記入式夫婦関係尺度について 精神科診断学,8,155-166.

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