子どもの問題行動の発達は母親の育て方に原因があるのか?

前川 浩子

 殺人などの痛ましい事件がメディアで取り上げられるとき,必ずと言っていいほど,その当事者の生育環境が話題になります。当事者の家族構成や親の育て方に関する情報が,生育歴を調べることによって明らかにされます。そして,親が離婚している,あるいは亡くなっている,親が厳しいしつけをしていたというネガティブな情報がメディアを通して伝わると,私たちは,このような原因が犯罪をおかすことにつながったのではないか,と思い込んでしまうのです。

 子どもの問題行動の原因として,最も重視されてきたのが母親の養育に関する問題でした。「母親の愛情不足によって,キレる子どもが育つ」とか,「母親が厳しいしつけをしたために,子どもが非行に走った」などという表現を,一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。
 しかし,子どもの行動は母親の養育の仕方のみによって発達していくのではなく,子どもが持って生まれた個性と環境要因とが,複雑に相互作用することによって発達していくということが発達心理学によって明らかにされてきました。今回は子どもの問題行動はどのように発達していくのか,ということについて,乳幼児期からの追跡調査を行った研究を紹介することにします。

 菅原ら(1999)は,子どもの問題行動の発達的起源が乳幼児期まで遡る場合があるならば,子どもが持つ問題行動傾向が先立ち,母親の愛着感の低下や厳しい養育態度は,その結果として生じてきた可能性があるのではないかと考え,長期縦断研究を行うことによってこの仮説を検証しようとしました。妊娠が確認された1360名の母親がこの縦断研究に登録され,妊娠初期から子どもが14歳に至るまで,計12時点にも渡って繰り返し調査が行われました。
 このサンプルでは,生後6か月,18か月,5歳,8歳,10歳,14歳で子どもの統制不全型の問題傾向の測定が実施されました。統制不全型の問題行動とは,衝動の強さに合った年齢相応のコントロールができないため,注意が散漫や,攻撃的・反社会的行為といった問題が他者に類を及ぼすかたちで問題が現れるという特徴を持ちます。やはり,このような問題は母親の養育の仕方によって起こるものなのでしょうか?

 まず,図1を見てください(クリックすると拡大表示します)。この研究では,生後11年目の時点で統制不全型の問題行動が多く出現した子どもたち(High群)と,ほとんど出現しなかった子どもたち(Low群)の2つのグループについて,母親の子どもに対する否定的感情の年齢的に応じた変化が比較されました。妊娠中から生後1か月目までは,どちらのグループの母親の子どもに対する否定的感情には統計的に有意な差はありません。この結果からわかることは,子どもが生まれてまもなくの,もともとの母親の子どもに対する否定的な感情が強かったことが原因で,子どもに問題行動が出現したという順序になっていないことがわかります。もし,母親の否定的な感情が子どもの問題行動の原因になっているならば,High群の母親は最初の時点から,子どもに対しての否定的感情の得点がLow群よりも高くなっていないといけないはずです。しかし,結果はそうではありませんでした。
 さらに図2(クリックすると拡大表示します)では,問題の因果関係が明らかにされています。生後6か月,生後18か月にすでに現れはじめていた子どもの統制不全型の問題行動傾向からの矢印が母親の子どもに対する否定的感情に向いていることから,母親の子どもに対する否定的な感情は,乳幼児期ではむしろ子どもの問題行動傾向によって引き出されているということになります。そして,児童期になると,母親の否定的な感情からの矢印が8歳時の子どもの問題行動傾向に向かうことになり,ついに母親の否定的な感情が子どもの問題行動の発達を促進させてしまうことになるということがわかったのです。

 このような縦断研究から,子どもの問題行動と親の養育との間には複雑なメカニズムがあることが示されました。何が原因で,何が結果になっているのか,という因果関係を知ることは発達心理学の大きな課題です。しかし,その答えを出すことは簡単ではありません。このように10年以上の時間と手間をかけてはじめて,ようやく因果関係が明らかになるのです。

図2.統制不全型の問題行動の発達プロセス

参考図書

菅原ますみ(著) 2003 『個性はどう育つか』 大修館書店

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