「アタマの良さ」を測る−知能検査の開発

木場 深志

知能検査:この絵の中でおかしいのはどこですか? アタマの良さを測定しようという試みは、古くから多くの人によってなされてきました。たとえば、ヒトの脳の言語中枢である「ブローカ領域」にその名を残すブローカ(フランスの解剖学者・人類学者・外科医。1824-1880)は、脳の大きさを測定して知能との関係を調べていました。頭蓋計測学といいます。今日ではヒトの脳の大きさや重量とその人の知能との間に直接的な関係があるとは考えられていませんが、それでも私の学生時代(40年も前です)には、そういう研究をしたことがあるという先生がいました。その人によれば、頭蓋の周囲の計測値と知能の間には相関係数で0.1程度の関係があったそうです。相関係数というのは2つのものの関係の強さを表す数字で、この数字が0.1であるということは、両者の間にはわずかな関係があるもののほとんど関係はないといってよく、一方がもう一方によって決定される程度は1%程度であるということを示しています。

 その後1890年に、キャッテルというアメリカの心理学者が、「メンタル・テスト」という検査を作りました。筋力、運動速度、痛覚(痛みを感ずる感覚)の感受性、視覚や聴覚の敏感さ、反応時間などを測定して、この結果からその人の知能を推定しようとしたのです。しかし、これらの測定結果と学生の学業成績との間には、全く関係がありませんでした。また、それぞれの測定値どうしの間にも関係は見られませんでした。

 実用的な知能検査ができたのは1905年のことで、フランスのビネーとシモンの2人が作ったものです。ビネー式知能検査、またはビネー・シモン式知能検査と呼ばれています。この時代は先進諸国で初等教育制度が整えられ、初等教育が義務化され始めた時代でした。日本でも事情は同じです。同年齢の子どもたちを1つの学年として教育を始めると、教育のレベルについて行けない子どもが出てきます。寺子屋方式や家庭教師による教育では、落ちこぼれは出ません。そこで教育当局は、知能発達に遅れがあるために落ちこぼれる子どもと怠学で落ちこぼれる子どもを識別できるような検査をつくるよう、ビネーに依頼したのです。当時フランスでは、教育委員会によって、検査なしに子どもを特殊学級に入れることは禁じられていましたが、どういう検査を使うかについては定められていなかったのです。ビネー式の検査ができる以前には、両親との面接、両親の病理、出生順位、動作の敏捷性、表情などを手がかりに判断されていたようです。話のついでですが、学力テストで子どもたちの学力を客観的に評価しようという動きが出てきたのも、この頃です。
 ビネーは、知能は個々の能力の寄せ集めではなく、1つの統一体であると考えました。そして知能の本質は「判断」であるとし、常識的判断力、課題に対する実行力、解決力を測定できるような検査問題を作りました。たとえば、「もしあなたがうっかりして人のものをこわした時にはどうしますか?」「学校へ行く時に、学校に遅れるかも知れないと思ったらどうしますか?」などの質問は、一般的常識や解決能力、判断力をみています。「私がこれから言う3つの言葉を全部使って、短いお話を作ってください。子ども、ボール、川」という問題は、お話を作るという目標に向かっていろいろな組み合わせを試しながら実行する力をみています。「この2つの箱は同じように見えますが片方が軽く片方が重いのです。どちらが重いかよく調べて、重い方を私に下さい」という問題では、子どもが重い方の箱を検査者に手渡した時点で正解になります。「こっちが重い」と答えただけでは正解になりません。「手渡す」という目標を作業中に忘れるようでは知能とはみなされないのです。写真に示した図では、おかしなところを見つけて説明させます。

 ビネー式の検査では、こういった問題が、多くの子どもたちの資料に基づいて、年齢段階順に配置されています。そして、何歳級の問題までできたかによって精神年齢が決められ、知能指数という知能レベルを示す数字が算出されます。
 ビネー式知能検査は世界各国で使われています。知能指数という言葉も一般的に使われるようになりました。しかしビネー自身は、子どもの知能を知能指数という1つの数字で表すことには消極的でした。検査によって数値的指標を得るよりも、検査を道具として直接に子どもとかかわり、問題の解き方、問題に向かう姿勢などを観察し、子どもの能力を総合的に理解することが大切だ、とビネーは考えていたのです。(写真はビネーと2人の娘)

ビネーと2人の娘

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