赤ちゃんと養育者との絆

前川 浩子

ハーロウの代理母実験 子どもが育つためには何が必要なのでしょうか。単に食べ物や飲み物といった栄養が与えられればそれでじゅうぶんなのでしょうか。

 赤ちゃんとお母さんのあいだには、強い結びつきが生まれることが知られています。心理学者のハーロウは、「この結びつきが生まれるのは、母親が空腹やのどの渇きといった欲求を満たしてくれる存在だからなのか」ということを検証するために、実験を行いました。まず、アカゲザルの赤ちゃんが生後まもなく母親から引き離され、人形の「代理母親」と一緒に置かれます。代理母親は2種類あって、布でできた母親と針金でできた母親です。さらに、針金でできた母親の人形には、ミルクが供給されるように哺乳瓶が取り付けられました。つまり、布でできたあたたかく、やわらかい、でもミルクはくれないお母さんと、針金でできているけれど、ミルクをくれるお母さん。さて、アカゲザルの赤ちゃんは、どちらのお母さんを好むのでしょうか?

 アカゲザルの赤ちゃんは、ミルクはくれないけれど、布でできたお母さんを選びました。やわらかい布の手ざわりは安心の源で、恐怖となるような状況におかれたとしても、アカゲザルの赤ちゃんは布製のお母さんのそばであれば安心することができ、恐怖を弱めることができる、ということが実験からわかったのです。
 この実験から、単に食べ物を与えられることよりも、接触による“なぐさめ”がアカゲザルの赤ちゃんにとっては重要で、母親という存在は、食べ物を与えているだけではなく、なぐさめやあたたかさも与えている、ということが示されたのです。

 では、次に、赤ちゃんと養育者との情緒的な絆について見ていきたいと思います。赤ちゃんと養育者との間では、さまざまな「やりとり」が行われています。赤ちゃんは日々、お腹が空くと泣き、おむつを替えて欲しいと泣きます。この「泣き」に対して、養育者はミルクをあげたり、おむつを替えたり、という適切な問題解決を行います。また、赤ちゃんがにっこり微笑むと、養育者は赤ちゃんのもとにとどまろうとします。ボウルビィは赤ちゃんの、養育者を自分のもとへ引き寄せるための泣く、声を出す、笑うといった行動を信号行動、養育者との接触のための、把握、吸う、しがみつき、後追いといった行動を接近行動と呼び、信号行動と接近行動をあわせて、生得的愛着行動と呼んでいます。このような生得的愛着行動は、赤ちゃんにとって、危機・不快など援助が必要なときに発信され、養育者がこのシグナルを察知し、問題解決を行い、抱く、笑いかけ、語りかけといったあたたかい行動とともにコミュニケーションがなされます。ボウルビィは、このような生得的愛着行動に対する養育者の適切な応答の繰り返しにより、情緒的絆である、「愛着」が形成されると説明しました。この「愛着」が確かなものとなると、乳児は養育者を「安全基地」にして、そこから少しずつ、対人関係を広げていくことができるのです。

 また、乳児の生得的愛着行動による養育者への働きかけが、養育者からの適切な応答を引き出すという結果を何度も繰り返すことにより、生後6ヶ月ごろまでには、乳児の内面に人間に対する基本的信頼感が育っていきます。基本的信頼感とは、養育者(他者)への信頼、そして自分の行動の有効性への確信、つまり、自分への自信のことを言います。エリクソンは、この基本的信頼感の獲得こそが乳児期に発達させておくべきテーマであると述べています。生得的愛着行動を発信しても、養育者の応答が不適切な場合は、乳児の内面には基本的不信感が育ち、しばらくするとこの愛着行動を出さなくなります。最悪な場合、赤ちゃんは死に至ります。

 基本的信頼感は、乳児が自分に対しても、他者は社会に対しても、信頼できる、という点で非常に重要で、この基本的信頼感をベースに、人間は豊かで安定した対人関係を築くことができるのです。

J.ボウルビィ

 

参考資料

Harlow, H. F. 1958 The nature of love
 最初に紹介したハーロウの研究です。“Classics in the History of Psychology”というウェブサイト上で,ハーロウがAmerican Psychologistという研究雑誌に発表した論文の再録を読むことができます(全文英語)

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