自分はどんな人だと思う?

木場 深志

 人は誰でも、「自分はこういう人間だ」という自分についてのイメージを持っています。自分はあわて者だ、とか、人付き合いはいいほうだ、とか、目立ちたがり屋だ、とか、自分の性格や能力、容姿、好み、態度など、自分に関するいろいろな面を含んだ自分についてのイメージです。そのすべてについてコトバではっきり述べることはできないにしても、誰でもが持っているものです。この自分イメージのことを、「自己概念」といいます。

 我々は、この自己概念を持って生まれてくるわけではありません。生まれた後で、徐々に形成され、また変化してゆくものなのです。自己概念の形成には「自分にとって重要な意味を持つ他人(significant othersといいます)」が大きな影響を持っています。重要な意味を持つ他人とは、小さい頃には母親や父親、その他の家族、もう少し大きくなってからは、先生や友人などかも知れません。同僚や配偶者であるかも知れません。
 自己概念は、このような「重要な意味を持つ他人」が、自分に対してどのように反応してくれたかによって決まってきます。幼い頃から、何かするたびに、「ダメねえ」と言われて育てば、その人は「どうも自分はダメ人間らしい」と思うようになるでしょう。ほめられ、愛されて育てば「自分には価値がある」と思うようになるでしょう。

 自己概念は、我々が単に「それを持っている」というだけのものではありません。自己概念は我々にとって2つの重要な働きを持っています。
 その1つは、「自己概念はその人の行動を決定する」ということです。自分は対人関係が苦手だ、と思っている人は、積極的に人中に出て行くことはありません。職業を選ぶときも、営業マンになろうとはしないでしょう。人は自分の自己概念にそった行動をとります。他人から見れば対人関係が下手ではないように見えても、人は自分の自己概念に従って動くのです。
 もう1つの働きは、「自己概念は、人が自分の経験を自分の中に取り込むときにフィルターとして働く」ということです。対人関係が苦手だという自己概念を持っている人が、対人関係で失敗したときは、その経験は、「あー、やっぱり」という感じでその人の中にすんなり取り込まれます。逆に対人関係でうまくいったときには、その成功経験は、「相手がよかったからだ」とか「たまにはそういうこともあるさ」という感じで、フィルターにひっかかってうまく心に入ってこないのです。自分は人に好かれない、と思っている人が、誰かから「あなたが好き」と言われたら、その場から消えたくなるかも知れません。

 我々は自分の自己概念に合う行動をし、自己概念に合う経験だけを取り込んで自己概念を強化してゆきますから、自己概念というものは比較的安定していて、急激には変化しません。個人の行動に一貫性があって、AさんがいつもAさんらしい行動をとるのはそのためです。

 でも、もし、ある人の自己概念が、その人の本当の姿とズレていたらどうなるでしょう。本当の自分とは違う自己概念にそって行動し、その自己概念に一致する経験だけを自分の心に取り込んでゆけば、自己概念はますますズレてゆき、本当の自分の姿が見えなくなってしまいます。精神的に不健康とはこういうことです。

 対人関係が苦手だという自己概念を持っている人が対人関係で成功したとき、その人は、「相手がよかったからだ」と思いながらも、心のどこかでホッとしたような感じをもっているはずです。「あなたが好き」と言われて逃げ出したくなった人も、逃げ出したいという気持ち以外に、「へ?」とでも表現するしかないような不思議な感覚を感じるのではないでしょうか。この感覚が、自己概念を変化させるカギになります。

 実は、対人関係での成功経験も、好きと言われた経験も、自己概念のフィルターにはひっかかっていないのです。「ホッとしたような感じ」や「へ?」の感覚を感じとり、これが対人関係で成功したという経験や好きと言われたという経験と結びついているということがわかれば、その瞬間から自己概念は変わり始めます。自己概念が変わればそれに伴って行動も変わります。

 このような考えをもとにして、カウンセリングの新しい方法を提唱したのが、アメリカのカール・ロジャーズという人でした。この技法は「人間中心療法」と呼ばれています。

Rodgers, Carl

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