小林 紗衣子さん 平成14年3月卒業

紹介者 新村 知子

 卒業した小林 紗衣子さんを紹介します。入学したときから教員を目指し、さまざまなことに真っ直ぐ取り組んできた小林さんです。少子化の波を受けて、教員になることは、以前以上に難しくなってきていますが、小林さんは、3年の講師生活を経て、さらに自分の力を伸ばすために、この4月に上越教育大学大学院に進学しました。その彼女に、本学卒業から今までの経緯、そしてこれからの抱負を書いていただきました。

小林 紗衣子

 みなさん、こんにちは。私は、この4月から新潟県上越市にある、上越教育大学大学院(教科・領域教育専攻)(言語コース 英語)で学生生活を“再スタート”させました。まだ、始まったばかりで不安がありますが、期待や希望の方が大きいです。

 さて、大学を卒業してからは3年間、私は新潟県内の高校で英語科の講師をしていました。教員採用試験を大学卒業時から数えて、何回か受けたのですが、なかなか本採用には至らなかったからです。この4月からは、大学院での生活をスタートさせたのですが、その理由などを今回はお伝えしようと思います。

 まずは少し、金沢学院大学に入る前、そして入ってから、さらに卒業後の話を書きます。高校生の頃、進路を決めるときから、漠然と「英語を使う仕事」をしたいと思っていて、そして「学校の先生」という仕事に憧れを抱いていました。私が進路として、金沢学院大を選んだのは「教育研究所」があったことです。そこで勉強された先輩方は、見事、採用試験を突破されて教員になられていました。

 私も、先輩のようになりたいと思い、大学に入学してからは「教育研究所」に入り4年間、仲間と一緒に勉強しました。川畑先生、小原先生、田辺先生、木場先生には大変お世話になりました。けれども、先ほども書きましたが、大学卒業時には本採用にはならなかったわけで、臨時採用で講師として働くことになったのです。さらに、小学校の教員免許を取得しようと、通信制の大学に入りました。しかし、仕事をしながら勉強することの大変さ、通信制である故の孤独さを強く感じ、実は免許は取れずじまいで、この3月に通信制の大学は辞めたのです。(本当のところは「小学校の免許を取りたい!」という強い意志がなかっただけなのですが・・・。)

 話題を変えて、高校での講師をしていた頃の話をしようと思います。今、3年間の講師の生活を振り返ると、生徒たちに教えたことよりも、生徒たちや周りの先生方から学んだことが多かった、と思います。講師を始めた頃は、新人の私の言うことを、文句も言わずおとなしく聞いてくれたこともありました。(本当に申し訳ないです。)

 また、生徒たちの元気な姿を見るだけで、頑張らなきゃという気にもなりました。周りの先生方からは、本当に様々な話を聞かせていただいたり、仕事の仕方など学びました。とにかく、学校の現場でしか手に入れることのできない貴重なことを、3年間でたくさん吸収できたと思います。

 ここまで長々と書いてしまいましたが、私がこの度、大学を卒業してから3年間働いて大学院へ進学した理由は、まずは現場(高校)で教えてみて、働いてみて、自分の足りない部分を確認したかったからです。そして時期的(年齢的)にも今しかない、と思ったからです。足りない部分を補うために、タイミングは今だったのです。

 でも、夢を実現するために様々な形で、いろんな人の協力があるということを忘れてはならないと思います。家族や友人をはじめ、私の周りのすべての人が助けてくれるからこそ、夢を現実のものにするために進んでいけるのだと感じます。新村先生には、4年次から大学卒業時、卒業後、現在まで、様々な助言をいただきました。ありがとうございました。

 終わりになりましたが、大学院では「言語習得」を研究しようと考えています。高校生に英語を教えていて、「わからねぇー」ということを何度も言われましたし、「単語が覚えられない」とか言われたこともあります。生徒がきちんと「わかる」ようになる「覚えられる」ようになるには、どうしたらよいか考えようと思います。もう1年少しすると、また教員採用試験もありますので、試験の合格を目標に大学院生活を送ろうとも考えています。

 ”Where there’s a will, there’s a way.”(私の好きなことわざです。)

 つたない私の、報告を読んで頂きありがとうございました。

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