樫田昇くん 国際文化学科3年

紹介者 新村 知子

 大学生活で成し遂げられることは、いろいろあります。本学にも、学業と両立させながらクラブ活動にパワーを注ぎ、自分の限界と可能性に挑戦し、仲間と汗を流し、スポーツを通じて多くのものを学んでいる学生たちがたくさんいます。3年生の樫田昇くんは、金沢学院大学サッカー部のキャプテン。今年度は、石川学生サッカーリーグで何と優勝という快挙を成し遂げました!そこには、プロジェクトXレベルのドラマがあったようです。

学生リーグを終えて

樫田 昇

hspace="5" vspace="2" width="250" height="280"> 五月八日、今年度の石川学生サッカーリーグが始まった。昨年度5位だった学院大の前評判は、決して良いものではなく、昨年とさほど変わらないだろうと見られていた。

 しかし僕の思いは違っていた。僕らはすでに、去年とは違う「NEW学院サッカー部」となっていたからだ。劇的な急成長。すべては学院サッカー部に新監督がやってきた時から始まった。飯高監督である。

 飯高監督は選手時代、高校選手権大会で主将として全国出場、またその後も順天堂大学で主将を務め、国体でも輝かしい結果を残している人である。一流の選手が必ずしも優れた指導者とはかぎらないとよく言われる。しかしごくわずかのアスリートは、選手としての高い能力と同様、指導者としての素質を生まれ持って備えているのも真実だ。飯高監督の指導を初めて受けた時、その合理的な練習メニューと選手一人一人を鼓舞しながらコミュニケーションを図る統率力に、僕は感動した。そして、僕らのチームの可能性がさらに広がるだろうと確信した。

 しかし、そう感じたのは僕だけでなかった。飯高監督に指導を受けて以来、わずか2,3ヶ月という短期間で多くのものが変わった。何よりも特筆すべきはチームのモチベーションである。今年の天皇杯予選、総理大臣杯と接戦ながらも早々と負けてしまったという現実を、まずはしっかりと受け止めて反省し、そこから常にポジティブな思考で練習に励むようになっていった。「次の学生リーグでは良い結果を残す。」そう、誰もが胸に秘めていた。

 そして、五月九日。学生リーグAグループ初戦の金沢医科大戦の日が来た。上位に行くには勝たなければならない相手。対戦成績から見れば同等ではあるが、前回の対戦では完敗を喫した相手であった。初戦の試合は、ある種独特な緊張感と不安がチームのムードを覆う。ベンチに入った僕らは、雨が降り注ぐグランウンドを眺めた。厳しい戦いになることは確実だ。誰もがそう思っていた。しかし、ピッチに立った僕らは驚いた。体が面白いように動くのだ。仲間の意図を目で、いわゆるアイコンタクトで読み取り、相手の動きの先を読んで、前へ前へとボールが蹴られていった。結果は4−0という大差での勝利だった。学院サッカー部は元々、点が取れるチームではなかった。4点も取ることができたのは、偶然かもしれない。しかし僕は、これが「New学院サッカー部」の成長した姿だと実感した。

 初戦を好スタートで切った第二戦目。相手はリーグ最大の山場である金沢大戦だ。金沢大は北信越リーグでも1部のチームで、過去の対戦成績だけでは明らかに学院より良い結果を残しているチームだった。金沢大とは飯高監督が来て間もない頃、練習試合で完膚なきまでにやられていた。しかし、その雪辱を晴らそう、借りを返してやろうという気持が、再び僕らの足を動かした。試合が始まるとやはり相手にペースを奪われ最初は防戦一方だった。だが、徐々に流れは学院大に向いてきた。そして前半15分を過ぎた頃、決定機が来た。学院の攻撃スタイルの1つである右サイドバックからのロングキックを使った攻撃で、見事に先制点を奪ったのだ。決めたのは大黒柱の1人でもある4年生の8番、水野さんだった。欲しかった先制点。それが不動の10番の、右足の一振りから生まれた。勝ちたい。負けたくない。負けた時の悲しい思いだけはしたくないという思いで一心不乱にフィールドを駆け回った。疲労していく体を、気迫で動かし続けた。そして終了を告げるホイッスルの音。両拳を天に突きつけ、歓喜の叫びをあげた。大金星だった。飯高監督が来てからの練習の成果が、一気に現れた試合だった。

 連勝で首位に立ちリーグ最終戦、金沢高専戦を迎えた。この試合、エースの4年生をはじめ、主力4人が不在だった。そして格下である金沢高専に負けるはずがないという奢った気持があったせいか、試合が始まると、自分達本来のプレーを出せずにいた。結果は2−0での勝利で終わったが、相手のミスに助けられたと言うべきだろう。

 Aグループを1位で突破し、学院サッカー部ができて以来初の優勝決定戦に進むことになった。Bグループの首位は星稜大だった。星稜大は現在、石川県内でトップの強さを誇るといって過言ではないだろう。サッカーで有名な高校出身の選手も多い。対戦成績から見ても、僕ら学院大は練習試合では負け越していた相手である。不利な要素はまだあった。決勝戦の1週間ほど前の合宿と練習試合で、攻撃と守備の要である4年生2人が怪我をしてしまい、決勝戦は出場が絶望的になってしまった。さらに決勝戦の当日、戦術的にも精神的にも絶対的な支えであった、監督を欠くことになった。

 そして決勝戦当日、六月六日が訪れた。多くの不安要素から、僕の、そしてチームの試合前の士気は高くなかった。それを反映したのか、空は暗く重く曇っていた。しかしそこへ朗報が届いた。怪我で出場が不可能と思われていた4年生の1人、ストライカーの小谷内さんが、後半から出場できることになったのだ。

 午後3時、キックオフのホイッスルが鳴った。緊張していた体が徐々にほぐれ、落ち着いてプレーできるようになった。一進一退の攻防を繰り広げる中、前半15分過ぎ―あの金沢大戦と奇しくも同じ時間帯に―、相手ディフェンダーのぺナルティエリア内での反則から、PKを取ることができた。学院大のPKを得意とする4年生の先輩の背を見つめた。しかし、彼はペナルティ・マークに置かれたボールではなく、僕のところ歩いてきた。「蹴ってくれ。」僕の体は震えた。武者震いだった。相手のキーパーは東海選抜にも選ばれている選手だった。僕はボールをもう一度セットした。ボールの前に立ち、一度、深く呼吸をして、目を閉じた。周りの声が小さくなり、やがて消えた。仲間たちの視線、広いフィールドすべての視線が僕の左足に向けられている。みんなで獲ったチャンスだ。決めなければならない。

 ボールを蹴った。それはまるでスローモーションのように、ゴール左隅に吸い込まれていった。僕は大きく人差し指を空に向けた。先制点だ。

 流れに乗った学院は更に猛攻を仕掛け、追加点を取って前半を2−0で折り返した。良い形で後半を迎えた僕達だったが、後半が始まってすぐに1点を返されてしまった。やはり油断できない相手だ。1分1秒も気を抜くことは出来ない。みんなに激しく檄を飛ばした。「攻撃は最大の防御」。戦いにおける基本に忠実に、僕らは攻め続けた。両者どちらも引かず攻防を繰り広げ、ついに歓喜の時が訪れた。

 優勝。今までの努力が報われた気がした。挨拶終えてピッチから引き上げてくる選手を、ベンチにいたみんなが笑顔で迎えた。マネージャーの喜ぶ姿が、僕にはとても嬉しかった。

 監督が来てからの数ヶ月、僕達は本当に強くなった。自分で思っていたよりも大きくなった。ここからならきっと僕達は秋の北信越リーグでも優勝して1部に昇格しもっと上へいけると思う。これからも気合をこめて精一杯練習に励んで行こうと、僕らは誓った。

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