心理学演習

前川 浩子

心理学演習。今年度のゼミの学生たち。机の配置はいつもこのようにして、お互いの顔が見えるようにしています。

 今年度、私が担当している心理学演習では、「個性の発達を理解する、考える」をテーマに授業を行っています。演習のことをゼミとも呼びますが、普通の講義と大きく違うところは、先生が話すだけではなく、ゼミに参加している学生も積極的に発言をして、全員でディスカッションをする、という点だと考えています。
 今年度は「個性はどう育つか」(菅原ますみ, 2003)をテキストとして選びました。菅原ますみ先生は、現在、日本で最も活動的に研究していらっしゃる発達心理学者のお一人で、私自身、公私ともに大変お世話になっている先生です。この菅原先生が書かれた「個性はどのように育つか」を読みながら、私たちは赤ちゃんがいかに有能であるかということや、赤ちゃんであっても、生まれたときからさまざまな個性があるということを学んでいきます。
 テキストをただ読むことは一人でもできますし、テキストを使って私が授業をすれば、それはいつもと同じ講義になってしまいます。しかし、この授業は「演習」ですから、少し工夫をしています。まず、テキストを章に沿っていくつかのパートに分けて、学生に割り振ります。学生は、割り当てられたパートを、予定の期日までに自分で読み、まとめて、“レジュメ”というテキストの要約プリントを作成し、そして、期日の日に自分でそのプリントを使いながら皆の前で発表を行います。これが発表者に割り当てられた一連の作業です。
 「テキストをみんなに発表してもらうよ」というと、最初の反応はかなり悪いものでしたが、それはつまり、どのようにしたらいいかわからないから、そのような反応になるんですよね。それを、「自分が先生になったつもりでやってごらんよ。自分の担当するパートを他の皆に説明して、教えてあげる感じで。だって、これまでたくさん授業を見てきているでしょう?」と言うと、皆、それぞれ自分の力でやれるところまで頑張ってきてくれます。もちろん、難しいところは私が説明を加えますが、今のところ、皆よくやってくれています。何より感心したのは、今まで一人も「できなかった」と言って、何も準備してこないという学生がいなかったことです。つまり、発表に一度も「穴」が開かなかったのです。これは本当に素晴らしいことです。
 私は学部、大学院とたくさんの授業、そして演習を受けてきましたが、ある先生がとても印象的な言葉をおっしゃったことを今でも覚えています。大学院の演習では自分の研究発表を行うことが多いのですが、研究に行き詰ってしまい、発表できない学生が時折見られます。そんな学生にその先生はおっしゃいました。「今日のこの時間というのは、あなたの研究のためにとった時間だ。私も、他の院生も、あなたのために、この時間を空けて、この場に座っている。それなのに、あなたは発表できない、という。これがどんなに失礼なことかわかりますか。」この言葉は、研究そのものに行き詰ってしまった院生にとってはとても辛い言葉です。しかし、その一方でこの先生は私たちに「社会人としてのあるべき姿」を教えて下さったのです。
 私が考える演習とは、一人の発表者がテキストを読み、まとめ、自分の言葉で発表する、そして、そのテキストについて自分はどう思ったか、考えたかをそれぞれの受講者が意見を言い合い、ディスカッションをする、というものです。それにさらに付け加えると、その演習とはそれぞれの発表者の責任によって成り立っているということを受講者の皆に自覚し、実感してもらいたいと思っています。
 この授業は「心理学演習」ですが、今年度、受講してくれている学生の中には、卒業研究を心理学のテーマにしない、という人もいます。そんな学生にとっても、この演習で養うことを目的としている、読む、まとめる、発表する、ディスカッションする、ということを新しい力にしてほしいと思っています。そして、この力は社会人として活躍する上で欠かせないものだと私は信じています。

テキスト
菅原ますみ 2003 『個性はどう育つか』 大修館書店

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