比較文化演習(比較民俗学演習)

益子待也

 昨年まで「比較文化演習」として行われていた国際文化学科3年生の授業は、今年から「比較民俗学演習」という名称に変わります。昨年の「比較文化演習」の履修者は、ほとんど授業を休まずに出席した8名と、たまに授業をサボる1名と、日本文学科からの他学科履修が1名、それにごくまれにしか授業に出てこない1名を入れて、計11名でした。この11名は、とても感じのいい素敵な学生たちで、今でも、ひとりひとりがとても印象に残っています。

 前期の教科書は、植島啓司氏の『聖地の想像力』を使い、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステラや熊野信仰や日本の巡礼の話を中心に、さまざまな話題について話しました。ちょうど熊野が世界遺産に登録されたこともあって、タイムリーなテーマになったと思っています。また、参加者の一人ひとりにさまざまな話題を提供してもらい、発表をしてもらいました。前期は、授業の最後にワンポイント英文法講座の時間も採り入れてみました。

 後期は一転して、菅原千代志氏の『アーミッシュ』を教科書として用い、アメリカに住むアーミッシュと呼ばれるキリスト教再洗礼派の人々の生活を学習し、ペンシルヴァニア・ダッチと呼ばれる人々やその名前で呼ばれる言語、またメノナイトやクエーカー教徒などについても学びました。

 この演習では、教科書以外にも文化人類学や民俗学や比較文化に関するさまざまな話題を提供しています。学生たちには日本文化であれ、外国の文化であれ、何か一つでも面白いテーマを見つけてほしいと思っています。文化人類学であれ、民俗学であれ、比較文化であれ、とても裾野が広い分野ですから、自分が面白いと思ったテーマは必ずといっていいほど、文化の問題に結びついてくると思います。ただし、私の考えでは、日本人が日本文化を研究する場合と、日本人が日本以外の異文化を研究する場合では、学問の性格も方法も、使用する資料も難易度もまったく異なってきます。外国の文化を学ぶ方が、日本文化を学ぶことよりも、はるかに難しいと思います。日本文化を研究する場合には、オリジナリティを出す工夫をしてもらいたいし、外国の文化を研究する場合には、オリジナリティよりは、むしろセンスが重要になってきます。ただし、授業の参加者たちは、この授業で学ぶすべてのテーマに興味をもつ必要はないと思っています。何かひとつ面白いテーマを見つけて、それが卒業研究に結びつけばいいと考えています。この演習を通じて、「日本文化の中で桜の美学はどのように展開してきたか」とか「日本中世の人々は夢をどのようなものとして認識してきたか」とか「カナダの中でフランス系の人々はどのように生きてきたか」とか「コンサートの聴衆という概念はどのように成立したか」とか「ニューヨークという町とユダヤ系移民はどのような関係にあるのか」とか「バリ島の宗教はどのようなものであるのか」といったさまざまな問題意識や発想が生まれたらいいと思っています。

 今年からこの授業は「比較民俗学演習」という名称に変わりますが、内容は変わりません。今年は、宮本常一という民俗学者がアジア・アフリカを旅したときの紀行文を教科書にして、日本や世界の文化について考えてみたいと思います。この授業では、研究地域もテーマも切り口も資料も一つではありません。学生たちには、柔軟な複眼的思考を育んでもらいたいと思っています。さまざまな話題を提供し、学生にアドバイスを与えるのが、この授業の目的であると考えています。この演習を通じて、何か一つでも興味がもてるテーマをみつけてもらえたら、とても嬉しく思います。

Comments are closed.