コンボイ

中西 茂行

新漫画党

 二十代の頃だったと思う。テレビ番組である格闘家が「自分のために死んでくれ、と言ったら自分と行動を共にしてくれる人が5人はいますね」という風なことを言っていたのを覚えている。人数は、5人が7人だったかも知れない。多分、私が今もこのことを覚えているのは、他人との関係をこのような枠組みで想定する事が当時の自分にはあり得なかったからだと思う。その誠実そうな格闘家の確信に満ちた姿は、その輪郭が残像として今も残っている。若き日に、虚無的な感情や人間不信に陥ることがあるとするならば、人並みに私もそのような思いを胸に宿していたかも知れない。

 コンボイ(convoy)という言葉がある。アニメ作品、ゲームソフトのキャラクターに使われているようだが、それは私は知らない。30年ほど前の洋画のタイトルにもあるが、それも私は知らない。バンド名にもなったようだがこれまた知らない。英和辞書では、「護衛」「護送」「護衛艦」「護送船団」とある。社会学者、文化人類学者のプラースは、「道づれ(convoy)」という意味で使い、「ある人の人生のある段階を通じてずっとその人とともに旅をしていく親密なひとびとの独特の集団を指す」と規定している。私自身、自分の論文でこの様な意味でこの概念を取り入れたこともあり、結婚式のスピーチに使ったこともある。

 ギャグ漫画の神様と言われた赤塚不二夫が亡くなった。若い学生の皆さんの中にはひょっとしたら知らない人もいるかも知れない。「秘密のアッコちゃん」「天才バカボン」の作者と言えば、へー、そうなの、と思う人もいるだろうか。この赤塚不二夫が、二十代に「トキワ荘」というアパートで「ドラえもん」の作者、藤子・F・不二雄や「仮面ライダー」の石の森章太郎ら8、9人のマンガ家志望の若者たちと暮らし、この人たちを中心に、新漫画党なるグループを結成した、ということになると、四十代以上の年輩の人たちにとっては、かなり有名なことであろう。しかし、若い学生の皆さんには全く聞き覚えのないことかも知れない。
 新漫画党のメンバー、とりわけ、トキワ荘の住人たちの絆は、コンボイと言っていいように思う。たとえ、冒頭で紹介した格闘家のように悲壮な自問がなされていなくとも、この人たちの自伝、自分史からは、この人たちの人生において、トキワ荘時代が大きなモメント(契機)であったことが汲み取れる。

トキワ荘

 自分の人生をコンボイと呼べるような集団との関係で語ることの出来る人は幸せなのかも知れない。フロイトが興した精神分析を信奉者獲得の運動史の歴史としてたどると、理論的対立による分派活動やそこに絡む複雑な人間関係の感情的葛藤にいささか辟易してしまう。それほどにまで愛憎入り乱れることはなくとも、一般に、集団における人間関係は、一枚岩ではない。コンボイと見られる集団においても、末永く連れ添った夫婦がそうであるように、内に矛盾、葛藤を経験しないものは少なかろう。

 私も二十代、三十代、かなり親密な繋がりを持ったインフォーマルな集団に属していたことがある。それは、一つではなく、二つあった。今でもその人たちとの個人的な繋がりはあるが、もはや集団として集うことはない。今、そのような集団の一員であったことを良かったと思うものの、そのことについて、ここで語る心境には未だなり得ていない。また、よしんば語ったとしても、読者の皆様の益になるようにも思えない。ただ、一つ言えることがあるとすれば、自分がそのようなインフォーマルな集団の中でもまれ、葛藤し、自省する機会を得た、というごく一般的で単純な事実のみである。

 

図と絵の出典

藤子不二雄A 『トキワ荘青春日記』 光文社、1996 (作者名は,正しくは○にAです)

※文中の図は、クリックすると拡大できます。

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