タンザニアを訪れて

前川 浩子

国立の孤児院の子どもたち 毎年,ゴールデンウィークは国際学会に参加することが多く,日本にいないことが多いのだが,今年は友人に会うため,そして調査をするためにアフリカ・タンザニアに行くことにした。

 「行こう!」と決めたのが3月の中旬くらい。すでに出発まで1ヶ月弱しかない。しかも,昨年の8月にパスポートの期限が切れていた。まずはパスポートを取得するところから始めて,パスポートが発行されると今度はすぐにビザの申請をしなくてはいけない。今までビザの必要がない国ばかりに行っていたので,これも始めての経験だった。東京にあるタンザニア大使館に”とんちんかん”な問い合わせをしながらも,なんとかビザも間に合った!
 そうそう,並行して航空券も探した。今は,インターネットのみ(実際の店舗を持たずに)でツアーや航空券を販売する会社が増えているので,それらのいくつかに見積もりを出してもらい,一番価格の安いところに決める。タンザニアへの行き方だが,日本からの直行便はないので,ヨーロッパ経由か中東経由になる。ヨーロッパ経由はやはり航空券が高くなるので,迷わず中東経由にする。中東経由の場合は,アラブ首長国連邦の航空会社であるエミレーツ航空か,カタールにある航空会社のカタール航空の2つから選ぶことになる。今回,私は友人のアドバイスに従ってカタール航空で行くことにした。

 いろいろと慌しい中,ようやく出発! 関西空港からカタールのドーハ空港まで約12時間のフライト,そして,ドーハ空港からタンザニアのダルエスサラーム空港まで約6時間というロングフライトを経て,ようやく友人に会うことができた! 「はるばる来たぜ,タンザニア〜!」

 私がタンザニアを訪れたこの時期は,ちょうど大雨季。実は,1年で最も降水量が多い季節だった。空港に降り立ったときの蒸し暑さといったら! 先が思いやられたが,これも経験だ!と言い聞かせる。

大洪水になってしまう道路 空港までは友人が自家用車で迎えに来てくれたのだが,空港から友人の家までの1時間くらいのドライブでも,驚くことがたくさんあった。まずは,自動車の多さ。タンザニアでは,交通手段は自動車だけ。自家用車のほかには,公共交通手段としては,「ダラダラ」というバスのような乗り物がある。バスといっても,日本のワゴン車くらいの大きさの車を改造して,その中に人が密集して乗り込んでいる。少し大きめのダラダラでも,定員ははるかにオーバーしている。そして,自動車の多くは日本の中古車。友人が言うには,日本車は燃費がよいことで知られているので,とにかく人気なのだとか。日本車の中でも,T社がダントツで需要があるとのことだった。
 移動手段が自動車なのだから,道路は大渋滞。そして,交通ルールもあまり守られていない。そのため,交通事故も多い。道路も未舗装のところが多くあった。日本では舗装されていない道路を走ることなど,もうほとんどないので途上国であるということを実感させられた。

 さて,タンザニアの言語だが,国語は「スワヒリ語」。大きなホテルなどでは英語も通じるところがあるが,現地の人とコミュニケーションを取る手段としてはスワヒリ語が最も一般的であろう。もちろん,私はスワヒリ語を話すことができないので,友人の通訳で助けてもらっていたのだが,それでも,「“Habari(ハバリ)〜?”と言われたら,“Nzuri(ンズリ).”と答えるのよ」,とか,「“ありがとう”は“Asante(アサンテ).”って言うんだよ」とか,基本的なことは教えてもらった。それでも,友人たちが,現地の人と交わすあいさつは「Habari」,「Nzuri」だけで終わっていないことに気づくようになった。友人にたずねてみると,興味深いことを教えてくれたのだが,後日,もう一度このことに関してメールを送ってもらったので,以下にそのまま引用したい。

例えば、あさの挨拶なんかは,

  Habari za asubuhi? (おはよう)から始まって、
  ume amkaje? (目覚めはどう?)
  Habari za kazi? (仕事はどう?)
  Habari za nyumbani? (家のほうはどう?)
  Habari za watoto? (子どもは?)

 などなど、延々に続きます。私が聞いた話によると、タンザニアには140を超える部族があって、それぞれに言葉や文化をもっているんだけど、違う部族の人達が出会ったときに、お互いに敵意はありませんよという意思表示のため、共通語での挨拶が欠かせなくなり、どんどんその挨拶が長くなっていったと。それが証拠に、タンザニアは部族間の大きな対立などはないんだよ。
 よく、スワヒリ語が浸透しているせいで、他のアフリカ諸国に比べて英語能力が低いといわれがちだけど、この共通語があったからこそ、140を超える部族がずっと平和でいられたのかなという人もいます。

 タンザニアに隣接している「ルワンダ」という国をご存知だろうか。ルワンダでは,ツチ族とフツ族の対立から内戦が起こり,1994年にはジェノサイドと呼ばれる大量虐殺が行われてしまったという悲惨な過去がある。それに対して,タンザニアでは部族間の大きな対立はほとんどないというのである。タンザニアのあいさつには,平和の知恵がこめられているのかもしれない。

 今回の旅で感動したことはたくさんあるのだが,そのひとつに「イスラム教」がある。タンザニア大使館のホームページによると,タンザニアでの宗教は,30%が伝統的信仰,キリスト教が35%,そしてイスラム教が35%となっている。日本での実生活ではふだん,イスラム教に関することにはあまり触れることがないため,タンザニアでは,「イスラム教の文化」をより身近に感じざるを得なかった。
 まず,飛行機の機内食。イスラム教の教えにのっとり,豚肉はメニューから外されており,その旨,メニューにもきちんと記載されている。タンザニアのローカルフードのお店でも,豚肉料理はあまり見られなかった。そして,女性の肌の露出は少なく,たいていの女性はカンガというきれいな布を纏っていた。敬虔な人になると,目以外の体をすべて真っ黒な布で覆っていた。友人の家の近所からは,朝になるとコーランが聞こえ,お昼になると,お店を閉めてお祈りのためにモスクに集まる人々。モスクに行くことができない人々もその場に絨毯を敷いて,メッカの方向に向かってお祈りをしていた。その熱心な姿には,言いようのない感動を覚えたのであった。ただ神様を信じる気持ちとその祈りの姿に,尊さを感じずにはいられなかったのである。

 10日あまりのタンザニアの旅。感動したことは他にもたくさんあるし,書きたいこと,書かねばならないこともたくさんある。途上国の現状,援助とは何か,子どもたちのこと・・・。それはまたの機会にとっておきたい。

 今回の旅では,言葉では言い尽くせないほど友人夫妻にはお世話になった。この場を借りてお礼を申し上げたい。この素晴らしい夫婦は,私の滞在中いつも笑顔でもてなしてくれたが,この二人の約3年間のタンザニア滞在には多くの苦労や困難があったことだろう。二人からタンザニアのことを聞き,そして現実を目の当たりにすることで,私自身もたくさんのことを学んだし,アフリカそのものに対する意識が高まったように感じられる。二人と一緒に過ごした時間は私の人生にとってかけがえのない時間になることは間違いない。

舗装工事中の道路 ドラマや音楽でHIVの啓蒙活動を行っている青年グループ

 

タンザニア,ルワンダ,途上国への援助のことを知るための情報

 タンザニア連合共和国大使館公式ページ
 映画『ホテル・ルワンダ』
 映画『ルワンダの涙』
 フィリップゴーレイヴィッチ(著)・柳下毅一郎(訳) 『ジェノサイドの丘――ルワンダ虐殺の隠された真実――』(上・下) 2003 WAVE出版
 独立行政法人 国際協力機構(JICA)ホームページ

※文中の写真は、クリックすると拡大できます。

Comments are closed.