読書と空想と『楽しみ』と

中崎 崇志

 前回このエッセイを担当したときは『ロジカル・ミステリー・ツアー』と題して,ロジックにまつわる話,ロジックを楽しむ話について書いた。今回はその逆で,『好き勝手に想像して楽しむ話』である。

 読書に親しみ始めたのは,まずは絵本からだった。家には,今も読み継がれる『ぐりとぐら』シリーズ(中川李枝子・文/山脇百合子・絵)の『こどものとも』(福音館書店)があったし,『かこさとし・おはなしのほん』(偕成社)もあった。『かこさとし・おはなしのほん』は,今でも私が読んでいたのと同じものが書店に並んでいるから,『からすのパンやさん』と聞けば,ああ,あれか,と思い出す人も多いだろう。

 大きくなるにつれ,『いやいやえん』や『ももいろのきりん』(いずれも中川李枝子作・福音館書店)などを経て,『フォア文庫』シリーズ(岩崎書店・金の星社・童心社・理論社共同出版)などの,活字の多い児童書が読書の仲間入りをした。「とにかく読むのがやめられない」という経験をしたのは,『兎の眼』(灰谷健次郎作・理論社)で,母が読もうと思って買ってきたその日,母が開く前にかっさらって夕方から読み始め,そのまま読破してしまった。

 この頃,母は『子どもの館』(福音館書店)という児童文学の専門誌も定期購読していた。ある日,何気なく開いてみてそこに連載されていた作品を目に留めるや,片づけられてしまっていたバックナンバーをひっくり返して第1話から順に読み,連載が終わるまで楽しみにしていた。『ピカソ君の探偵帳』(舟橋克彦作)という作品で,1981年4月号から1982年3月号までの12回の連載だった。『子どもの館』に掲載された作品は,福音館書店から『土曜日文庫』として刊行された。『子どもの館』は1983年3月号(通巻118号)で休刊になってしまったが,掲載作品はその後もいくつか刊行された。

親しんだファンタジー 土曜日文庫の作品は,これまでの読書歴の中でかなり大きなウェイトを占めている。中でも,『ピカソ君の探偵帳』が刊行された1983年には,『ピカソ君の探偵帳』以上に楽しんだ2作品が刊行された。
 それが『竜太と青い薔薇』(松原秀行作)と『虹へのさすらいの旅』(芝田勝茂(かつも)作)である。『竜太と青い薔薇』は『子どもの館』に1979年に2回に分けて掲載された作品で,『虹へのさすらいの旅』は,(おそらく)書き下ろし作品だ。繰り返し読んだ。最初から読むだけではなく,ある場面だけを何度も読み返すこともあった。私にとって,最も鮮烈な印象を持つファンタジー作品はこの2冊だ。
 その後,自分自身が高校・大学と進むにつれ,星新一のショートショートや『御宿かわせみ』シリーズ(平岩弓枝作),『鬼平犯科帳』(池波正太郎作)などの時代小説,向田邦子のエッセイなどに読書の対象が移っていった。『竜太と青い薔薇』も『虹へのさすらいの旅』も絶版となり,土曜日文庫シリーズそのものもなくなってしまった。
 それでもこの3作品は頭のどこかにずっと残っていて,大学院生の頃,実家の両親が引っ越しのために本を大量に処分することになったとき,私は土曜日文庫は処分しないように頼んでおき,引っ越し前に最後に帰省した折に『ピカソ君の探偵帳』,『竜太と青い薔薇』,『虹へのさすらいの旅』の3冊を金沢へ持ち帰った。

 高校・大学当時には読まなかったこれらの作品だが,それは他の本に手を出したからであって,これらの作品がつまらなくなったからではなかった。事実,今読み返しても,まったく退屈しない。『虹へのさすらいの旅』など,初めて読んだ当時の新鮮さが,今も失われていないようにさえ感じられる。
 『虹へのさすらいの旅』は,“アイザリア”という架空の土地を舞台にした『ドーム郡シリーズ』というファンタジー作品の第2作である。『虹へのさすらいの旅』を金沢へ持ち帰ってから,せっかくだから第1作『ドーム郡ものがたり』(福音館書店土曜日文庫)も読もうかと思ったものの,刊行当時に購入しておらず,手に入れようにもすでに絶版だったので,近くの図書館で借りた。
 2004年の夏頃だったか,偶然,作者の芝田勝茂氏のウェブサイトを見つけた。そこを見て,2003年に『ドーム郡ものがたり』が,翌年『虹への旅(虹へのさすらいの旅改題)』が,改稿された上で再版されていることを知った(いずれも小峰書店)。すぐに市内の書店をまわって手に入れた。再版に気づかなかったのは,並んでいたのがふだん入らない児童書コーナーだったからだ。
 さらに2005年にドーム郡シリーズの完結編として『真実の種,うその種』(小峰書店)が刊行され,これも先日店頭で見つけて入手し,580ページあまりを1日で読破した(余談だが,芝田勝茂氏は羽咋市の出身で,2005年には羽咋市立瑞穂小学校の校歌を作ったそうだ)。

 ドーム郡シリーズが再版された背景には,web上での復刊を求める声(復刊ドットコムなど)もあっただろうし,『ハリー・ポッター』シリーズや『指輪物語』,そしてそれらの映画などの影響もあっただろう。
 しばらく『ハリー・ポッター』などの海外の作品に押されっぱなしであったように思うファンタジーの分野だが,“国産ファンタジー”のドーム郡シリーズも,決して負けてはいない。他の日本の児童文学作品同様,単にメディア露出が少ないだけであって,傑作であることは間違いないと思う。
 『ドーム郡』を知らなくても『クレヨン王国』シリーズ(福永令三作・講談社青い鳥文庫)なら読んだ人も多いかもしれない。これも私は傑作だと思っている。
 日本にはハリー・ポッターはいないが,ドーム郡があって,クレヨン王国がある。

 私は,ファンタジーを読むときには,自分自身を『本の中の架空の世界に飛ばして』楽しむことに決めている。だから,ドーム郡にもアイザリアにも行ったし,読んだばかりの『真実の種,うその種』では,アイザリアから海を渡ってゴドバールという国にも行った。作品に描かれていない場面まで想像してみたりしながら,作品世界にどっぷり浸かるのだ。ちょっと本を開けば,すぐに旅立てる。
 もちろん,私が出かけてきたドーム郡は,作者が構想した通りの世界ではないかもしれない。また,このシリーズには,作者が現代社会に向けて込めたメッセージも含まれている。それを理解することも大切だが,ふだん息抜きに“旅行”するだけなら,マイブームならぬ“マイドーム郡”を楽しめれば,それでいい。

 “楽しみ”は,人それぞれにいろいろあるだろう。映像を楽しむ人,音楽を楽しむ人,それらが融合した映画を楽しむ人。私はそんな楽しみの一つとして,ファンタジーの世界に浸りきることを,読書を通して身につけた。それは,子どもの頃に自分のまわりにたくさん本があって,その本の海を自由に泳ぎまわってきたからだろうと思う。

 

本の紹介

<ドーム郡シリーズ>
芝田勝茂 『ドーム郡ものがたり』(2003年),『虹への旅』(2004年),『真実の種,うその種』(2005年) (いずれも小峰書店)
 詳細は,芝田勝茂氏の公式webサイト“時間の木”で参照できる。

<Dragon Kids Adventureシリーズ>
松原秀行 『竜太と青い薔薇(上・下)』(2003年),『竜太と灰色の女王(上・下)』(2004年) (いずれも講談社青い鳥文庫fシリーズ)
※再版の際に『Dragon Kids Adventure』というシリーズ名がつけられた。内容も,改稿されて現代風にアレンジされている(例えば,途中で手に入れる魔法の品々を,主人公が『アイテム』と呼ぶなど)。松原氏は,青い鳥文庫の『パソコン通信探偵団ノート』シリーズ(パスワードシリーズ)の作者でもある。

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