ロジカル・ミステリー・ツアー

中崎 崇志

 パズルが好きである。特に,数独(ナンプレとも言いますね)とかお絵かきロジックとか,『理詰めで解ける』という“ロジックパズル(論理パズル)”が面白い。
 心理学実験では,自分が研究したい心の働きについて明らかにするためのロジック(論理)を組み立てなければならない。初めて心理学実験に触れた学生時代,曖昧模糊とした人の心を実験して確かめるとか,それを統計学を用いてロジカルに判定するというパラダイムにあまり抵抗がなかったのは,今ロジックパズルにはまるのと無関係ではないだろうと思っている。
 え? ただ単に性格がリクツっぽいからだろうって? うん,それも否定しない(笑)。

 先日,槻木先生の研究室の書架に,ある本を見つけて,唐突に高校時代の先生を思い出した。その先生は現代文の担当で,高校入学後最初の授業の冒頭に,こんなことを言い出した。

『今日は,まず私と賭けをしましょう。君たちのクラスで,同じ誕生日の人のペアはできると思いますか?』

 先生が指名した数名の生徒は『できない』と答えたので,1人ずつ誕生日を訊いていって,ペアが1組もできなければ生徒の勝ちで,先生は今日の授業をしない。1組でもできたら先生の勝ち,ということになった。もちろん,先生は生徒の誕生日を知らない。大半の生徒は『勝った』と思った。
 実は,中学の同級生が同じクラスにいて,彼と私は互いに同じ誕生日だと知っていたから,私たち二人は最初から負けだとわかっていた。先生は教室の端から誕生日を訊いていき,私のところで生徒の負けが確定した。
 ところが,先生は『実は,君たちの誕生日を全然知らなくても,これだけの人数がいれば勝てる確率の方が高い』と種明かしをした。当時私たちのクラスは47人だったので,実際に計算してみると,同じ誕生日の人がいる確率は,なんと95.4%だ(私の生年はうるう年ではないので,うるう年を考慮しない)。『こんなのいかさまだ』という声が上がらなかったのは,私たちがまだまだ純真だったからだろうか(笑)。
 先生は,君たちに『そんなことはあり得ない』と思い込ませるまでが勝負なんだよ,と笑っていた。確かに,私も負けはわかっていたとはいえ,それはたまさか偶然,と思い込んでいた。
 これは『誕生日のパラドックス』と呼ばれ,一般的な直感的判断(=『あり得ない』という生徒の思い込み)と実際の結果(=確率95.4%)が一致しない,という意味でパラドックスと名づけられている。ちなみに,23人いれば,確率50%になる。

 この賭けで先生が言いたかったのは,ロジカルに物事を判断することの重要性ということではなかったかと思う。
 槻木先生の研究室にあった本とは『詭弁論理学』(野崎昭弘著・中公新書)で,この先生が,後に生徒に『難しいが,面白いから読んでみるとよい』と紹介したうちの一冊である。先生は同時に,同じ著者の『逆説論理学』(中公新書)を紹介して,その中からうまく例を作って話してくれた。
『よく,市町村が“○○都市宣言”というのを標語にしていますね。あれは,“○○”ができていないからこそ宣言するんです。できていることを宣言する人はいません』
 私は,早速友人と本屋に行き,『逆説論理学』を手に入れた。“○○都市宣言”の元ネタは,『言葉の世界の逆説』という章に載っていた。
 逆説は,英語で言えば“paradox”,『誕生日のパラドックス』のパラドックスである。

 『逆説論理学』には,他にもさまざまなパラドックスが登場し,『ロジックで遊ぶ・ロジックを楽しむ』ことを教えてくれる。確率論のところでは,やや頭がこんがらがるかもしれないが,タイム・パラドックスなどは,SF好きの人や,小さい頃『ドラえもん』を見ていた人なら楽しめるだろう。
 中でも私が面白いと思ったのは,紀元前の哲学者ゼノンによるパラドックス。俊足で知られる英雄アキレスが,亀と競走する。アキレスにハンデをつけて,アキレスは亀より後ろからスタートして,同じゴールを目指す。さて,アキレスがゴールに到達するまでには,まず亀の出発点を通過する。そのときには,亀はアキレスより前にいる。アキレスはこうして,常に亀がいた地点を通過し,そのときには亀はそれより先に進んでいる。だから,アキレスは絶対に亀に追いつけない。これが『ゼノンのパラドックス』だ。
 誰もが『そんなことはないだろう!』と突っ込むに違いない。普通に走らせてみれば,亀はあっという間に置き去りのはずである。だが,この本の著者は,『堂々と理屈でゼノンを破ってみせたい』と言って,走ってみせるとか計算するとかではなく,理論攻めで説き伏せることを述べている。まさにロジックの戦いだ。著者はここから“無限”に関する議論へと話を展開していく。“無限”という実態がよくわからないものに“ロジック”で斬り込んでいくということもまたパラドックスか。

 右の図は,『カリーの三角形』という。左右の三角形を比べると,同じ図形を並べ替えただけなのに,右の図にはなぜか正方形2個分の空間ができてしまっている。絵に描かれたものだとわかりにくいが,実際に方眼紙に自分で書いたり,あるいは線を引いて紙を切って組み合わせてみれば,なぜこんな奇妙なことになるのかわかるはずだ。
 ゲームもケータイもいいけれど,秋の夜長,たまには紙と鉛筆を使ってロジックと格闘するのも,また楽しからずや,ではないだろうか。
 例えば,こんな問題はどうだろう。

 12個のダイヤモンドを持つ男が亡くなった。彼は,3人の息子にこんな遺言を残した。『ダイヤの1/2を長男に,1/4を次男に,1/6を三男に与える』。ところが,葬儀の最中にダイヤが1個盗まれて,11個になってしまった。さて,どうすれば遺言通りに,息子たちにダイヤを分配できるだろうか。もちろん,換金してから分けるなんていうのは反則。きちんと「ダイヤ」を分けてください。

 

 

問題の解答

 さて,息子たち3人は考えた。12個なら,2でも4でも6でも割り切れる。だが,11個となるとそうはいかない。
「遺言は守らなければならないが,どうすればいい?」
 長男が言うが,2人の弟は困り果てている。長男も答えが思いつかないのだ。
 と,そこへ,父親が懇意にしていた宝石商がお悔やみにやってきた。11個のダイヤを並べて兄弟が困っている様子を見て,長男に訊ねた。
「なるほど,1個盗まれてしまって,お父上の遺言通りにダイヤを分けられないのですか」
 ふむ,としばらく腕組みをして何か考えていた宝石商は,おもむろにカバンを開けて色鮮やかなルビーを取り出し,ダイヤに混ぜた。
「さあ,これで12個になりました。順番に分けてみてください」
「そんなことをしたら,ルビーを取った人間が損をするじゃありませんか。あなたにルビーを返さなければならないんだから」
 おそらく,順番からいって自分にルビーが残されると思った三男が抗議を口にしたが,まあまあ,と宝石商になだめられ,まず長男がダイヤを取った。

「僕は1/2だから,6個だ」
 続いて次男。
「僕は1/4だから,3個だね」
 最後に三男。
「僕は1/6で,2個……あれ?」
 三男がダイヤを取ると同時に,兄弟たちは目を丸くした。

『ルビーが残ってる!』

 驚く兄弟たちに微笑して,宝石商はルビーをカバンにしまった。
「いかがです,これでお父上の遺言は果たせたでしょう?」
 まだ首をひねっている兄弟たちに,宝石商は簡単に説明した。
「お父上の遺言では,元々ダイヤが1個余るのです。皆さんの取り分を,分数のまま足し算してごらんなさい。1/2+1/4+1/6=11/12です」
「本当だ」
「じゃあ,父さんは最初から僕たちに全部分ける気はなかったってこと?」
 顔を見合わせる兄弟たち。宝石商は,卓上のダイヤを1個取りあげた。

「私にはお父上の真意はわかりませんが,最後に残った1個をどうするか,それを兄弟でよく考えなさい,というのが本当の遺言だったのではないでしょうか。自分たちで相談して誰かに分けるか,それを元手に兄弟で商売を始めるか,はたまたどこかに寄付して社会に役立てるか……盗まれてしまった今となっては,もうどうしようもありませんが」

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