新村 知子

 子どもの頃から猫が好きだった。猫の美しい姿、その優美な動きには、見るたびうっとりした。子どもの頃、家には猫がいたし、今でも実家にいる猫をなでて、心を安らかにさせてもらっている。それに対して、犬のほうはどうも苦手だった。吠える、咬む、はしゃぐ、とびつく、せわしない、うるさい、怖い。そういう訳で、犬を見ると、ついつい避けてしまう毎日であった。

 その私が、この夏、犬を飼うことになった。小6の娘にせがまれて数年、ずっと抵抗し続けていたのだが、娘もなかなか手ごわかった。毎日インターネットで犬の情報を出しては、「ほうら、可愛いでしょ!」「○○という犬がいいなあ、値段は○○円くらいだって!」「散歩の時には、こうするのがいいらしいよ・・・」などと言ってくる。一緒に出かけると、犬という犬、すべてを「かわいい!ね、ね、かわいいねえ!」と形容し、さらにその犬種や性質を説明しつづける。

 そういう犬好きの娘を不憫に思い始め、こんなに好きなんだから、いつの日か飼ってやった方がいいのかなあ、と少しずつ心が揺れてきていた。「ちゃんとお父さんにも、犬が飼いたいこと、言っときなさいよ」と言っていた6月末日。「インターネットで調べに調べた結果、パピヨンという犬の種類に決めた」という娘に、「じゃあ、値段を調べなさい」という夫。「いいのかなあ・・」と思いつつ、ある週末、娘とペットショップへ価格リサーチに出かけた。そこにパピヨンと書かれた、耳が蝶々のように尖っている犬がいたので、「ほうら、いるじゃない。これ?」と指差したが、その時すでに娘は別の子犬から目がはなせなくなっていた。「パピヨン、ここにいるけど?」「それはもういい。この子がいい。絶対!」娘が指していたのは、生後1ヶ月半のシルバーのぶちのダックス。娘はこの犬に一目ぼれ。「え?今日買うつもり、全然なかったんだけど」という私に、「いやだ、絶対うちに連れて帰る」と娘。あまり気乗りのしていなかったお父さんにも携帯で連絡し、了解を取り、私も「いいのかなあ・・」と思いつつ、こうして犬との生活が突然始まったのであった。

 犬との生活を一言でいうなら、「とてもかわいい、だけどとても忙しい」。

 朝は、5時半に子犬に起こされ、昨日の疲れが残ったまま、寝ぼけまなこで、娘と二人でフラフラしながら散歩に出る。子犬はやる気まんまん、パワー全開である。うちの周りは坂が多く、ここを30分ほど、犬にリードを引かれながら(本当は反対であるべきなのだが)、頑張って歩く。

 トイレトレーニングには驚いた。猫は、基本的に砂のあるところでしか、トイレをしないので、子猫でもすぐにできるようになる。犬も、少ししつければできるのだろうと思っていた。しかし、犬は全然だめだった。(犬を飼ったことのある方には、常識だったらしいが。)それで困ってしまい、ネットで調べたり、犬を飼っている人に聞いて、またまた驚いた。何年経ってもトイレのできない犬が世の中にはたくさんいたのだ。そう、犬は、本当に真剣にしつけなければいけないペットだったのだ。

 子犬は何でも咬む。うちに来た頃の犬は、人の服、家具の足、座布団、なでてくれる人の手など、何でも咬んだ。それをしかったり、無視したり、苦い味のするスプレーをかけたり、あらゆる手を使って、しつけをしたおかげで、今はほとんど咬むことのない犬になった。しかし、このしつけもとても大変だった。疲れた。そして、今でも、靴下やタオルやボールペンなど、油断をするとすぐに盗み取り、咬んで楽しんでいる。本能とは言え、私にはとても、理解できぬ。

 こういう苦労をしつつ、犬のしつけ本を読み、インターネットで調べるうちに、犬というのは本当にしつけが難しい動物だということが分かってきた。(少々遅かったが)飼い主がびくびくしていてもだめ、飼い主が頭ごなしに叱ったり、体罰をしてもだめ、家族の間で態度が違っていてもだめ、甘くしすぎてももちろんだめ。こういう飼い主側の問題で、犬の問題行動がたくさん起こっているらしい。人に攻撃してくる、誰にでも咬んでくる、パニックしてあばれまくる、怖がって外に出られない、トイレをがまんして膀胱炎になる、散歩をしようとしても飼い主と同じ方向に歩けない、などなど・・・。本当に驚いた。どうりで、「犬のしつけインストラクター」なんていう職業があるはずだ。(そういえば、「猫のしつけインストラクター」なんて聞いたことがないものね。)

 犬がうちに住むようになって、私も多くのことを学んだ。そして、犬がいつも人間と触れ合いたがっていること、人間を喜ばせたがっていることを感じるようになった。うちにいると、いつも犬の視線を感じる。犬の方を向くと、「遊んでくれるのかな?」と姿勢がぴんとし、目が光る。そのまっすぐな気持ちは、時には負担になるくらいである。

 うちの犬は、吠えない。犬が苦手な私にはありがたいことだ。そして、人懐っこい。誰にでもなでてもらいたがる。うちに家族が帰ってくると、跳び上がって全身で喜びを表す。そして、誰にでも愛されることを疑っていない。人間にはありえないことだ。猫好きの私にも、少しずつ犬を愛する人の気持ちが分かってきた。

 そういう犬と共に暮らす毎日は、予想もしないほど大変だけれど、今は家族みんな、帰ってくるとまず犬に挨拶をし、犬をなでる。犬は、散歩に行き、走りまわり、遊びまくり、そして私の腕の中で幸せそうに眠る。毎日朝晩と散歩に出ているせいで、四季の移り変わりをはっきりと感じ、空の美しさに感動する。そして、今まで話したことのない近所の方たちと、犬を間において話をするようになった。

 そう、最近は、こうやって私が癒され始めているのだと感じる。犬との生活は、慌しいし、忙しい。頑張ったからといって成果がでるわけでもないし、誰も認めてくれるわけでもないし、あせってもどうすることもできない。それは、実は、時間が本当にゆっくり流れていく、究極のスローライフであったのだ。今は、うちに犬がいる。そのスローライフを受け入れて、これからの年月、気持ちをゆったりと、その生活を楽しんでいくしかなさそうである。

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