バイカルチュラルでバイリンガルな子どもを日本で育てる

リック ブローダウェイ (訳: 川畑 松晴)

 初めて日本に若い英語教師として来たとき、この国で自分の子どもを育てることになろうとは想像もしてみませんでした。しかし6年後に、日本人である現在の妻と出会い、今では二人の娘の親です。二人とも日本で生まれました。私の見るところ健やかに幸せに育っており、満足はしています。それが、子どもにとって大事なことですから。二人とも学校にも地域にもうまく適応してきており、父親が外国人なので自分たちが「他人と違っている」などとは殆ど感じていないようです。そんなことは全く念頭にはないのです。アメリカに行った場合も事情は同じです。

 しかし、事実はそうではないのです。二人は「他人とは違っている」のです;日本に住み、「ハーフ」と言われるようになる場合も、アメリカで「アメレジアン(アジア系アメリカ人)と言われるようになる場合も。しかし、二人の人種上の混血は「違い」の外面的なものでしかありません。娘たちは内面的にも「違っている」のです。それは二人をバイカルチュラル、バイリンガルに育てることに妻と私が決めたからです。

 大抵の日本人の反応は「いいなー」です。普通の日本人が何年間もかかる言語技能を娘たちが早い時期に習得するのを羨ましいと言います。しかし、そのような人たちはこの育て方に付きまとう困難点や犠牲にしなければならないことには気づいていません。
 全てのバイリンガルの家族と同様、まず決めなければならないのはどの言語を家庭で使うかということです。これはそんなに簡単なことではありません。いろいろな型があります。例えば、片親一言語型、即ち母親が日本語、父親が英語を話す型です。これの長所はどちらの親も自分の母語で話すので、子どもとの自然な心の交流を育てるのに有効であろうという点です。理想的には、子どもは両親から公平な影響を受けるということになります。しかしながら、もし子どもがどちらか一方の親と余計に時間を過ごせば、言語上の不平等が生じます。これは例外的ではなく、実際によく起こることです。このタイプはまた、さまざまな形で、二つの言語の混合も誘発します。即ち、1)親はある言語で話し、子どもは別の言語で答える、2)子どもが話の途中で別の二つの言語を混ぜて話す、これがジャプリッシュ(日本語英語)、などです。このような混用は家庭内では問題ではありませんが、しかし例えば、バイリンガルではない親戚の人(どちらの国であろうと)と話す場合にはコミュニケーションの障害を引き起こす可能性があります。

 私たちは場所によって言葉を選択することにしました;家庭では英語、他の場所ではすべて日本語ということに。子どもにはそれが一番分かり易いと思ったのです。また、このようにすることによって二つの言語間のバランスが保ち易いだろうとも考えたのです。しかし、この計画の成否は妻にかかっていました。子どもが家にいる間、妻が進んで英語で話しかけるか否かに。妻は最初はこの考え方に不安を覚え、自信もないようでしたが、やってみることに同意し、直ぐに慣れていきました。年を経るにつれて、子どもは二つの言語が上手になり、さらにいつ言葉を変えるかもわきまえるようになりました。例えば、バイリンガルではない人がいる時には、二人は皆が理解できる共通の言葉で話をします。言葉を使い分けるのがとても上手で、私のことを両言語で別々に、即ち英語では“Daddy”、日本語では「パパ」と呼ぶほどです。とっても印象深い現象ですが、こんな娘たちも二つの言語の技能という点では同世代の母語話者に遅れをとっています。バイリンガルに関する研究によれば、娘たちはやがて一言語話者に追いつき、うまくいけば追い抜く可能性もあるということなので、安心はしています。しかし今のところは、二人とも同年齢のアメリカ人の子どもほど英語がうまくないという事実は認めなければなりません。

 さて、話すことは言語発達の最初の一歩でしかありません。これから二人は読み書きができるようにならなければなりません。漢字などを習いながら長い一日を学校で過ごしたあと、長女は疲れきって帰宅し英語の家庭学習どころではなくなる時もあります。ここでもまた、二言語間のバランスを保つ努力が求められます。一日の時間が短すぎます。時々、勉強が辛くなると、長女は “I wish I wasn’t a half!(ハーフじゃなきゃよかった)”と言います。他の子どもたちと同様、長女もよく外で遊びたくなります。そんな時は勉強をやめて外へ飛び出し、日本語に切り替えて近くの子どもたちと遊ぶのです。勿論、他のバイリンガルの子どもたちと遊ぶこともあります。しかし、興味深いことですが、そんな時彼等は英語では喋らないのです。英語を使うとどちらも笑いこけてしまうのです。日本語が学校の言葉であり遊びの言葉、即ち子どもの世界の言葉となっているのですね。

 私の子どもは日本とアメリカの両方のパスポートを持っています。両国を訪ねる時には便利ですが、このようなパスポートを交付してもらうにはお金も時間もかなりかかります。国際的な子ども誘拐犯罪を防ぐために、パスポートの更新の時に両親が子どもと一緒にアメリカ大使館に行くことが義務づけられています。ということは、子どものパスポートの更新のために3年又は5年毎に家族全員が大阪或いは東京までの切符を買わなければならないのです。日帰りをするのは幼い子どもには大変です。ホテルで一泊しなければなりません。また、パスポート自体の費用もあります、それも日本とアメリカ両国の。しかし、このお蔭で子どもたちには両方の国の市民権を得る資格が生まれます。アメリカは二重の国籍所有を認めています。したがって、アメリカの法律により、娘たちは生涯二つのパスポートを持つことができます。残念なことに日本は二重の国籍を認めていないので、18歳になった時にどちらのパスポートを持つかを決めなければなりません。言い換えれば、二人はどちらの国の市民となりたいかを決めなければならなくなるのです。真からバイカルチュラルになっている人にとって、これはある種の「アイデンティティーの危機」を招く可能性もあります。

 日本もアメリカも慣習と伝統の豊かな国です。家では両方の国の祝日を祝うことにしています。娘たちが正月とクリスマス、感謝祭とお盆を経験するのを見るのが楽しみです。茶道のような伝統的な日本の芸術を学ぶ機会があるのはとても嬉しいことです。また、アメリカで乗馬に連れて行くのも楽しみです。二人は着物もカウボーハットもどちらも似合います。将来どこに住むことになっても、このような経験が豊かな思い出となることでしょう。そしてこれから生きていくのに様々な困難が生じるでしょうが、私の娘のような子どもたちが、日本とアメリカの間に、存在し得るもっとも明白な形での「絆」を結んでいることを誇りに思うのです。

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