初めての海外旅行

益子 待也

 先日、長野県の小諸(こもろ)に行き、千曲(ちくま)川(がわ)の河畔(かはん)の宿に泊まった。千曲川の瀬音が激しく聞こえる宿であった。現在、石川県の鳥越村の村史(そんし)編纂(へんさん)の仕事をしているので、千曲川の瀬音から鳥越村の伝説を思い出した。かつて鳥越城主鈴木出羽(でわの)守(かみ)は、大日(だいにち)川(がわ)の瀬音があまりに大きいので、瀬音を静めてくれるように神仏に祈り、その結果、川の瀬音は静かになって、大日川は音(おと)無川(なしがわ)とも呼ばれるようになったという。瀬音といえば、カナダのブリティッシュ・コロンビア州のスキーナ川もすごかった。そのときも雨模様であったが、スキーナ川の広さと川の瀬音の轟音(ごうおん)のような激しさに、神秘的な恐ろしさを感じたものである。

 旅の好きな人は多い。文化人類学はフィールドワークをすることを特徴としている学問だから、わたしもさまざまな土地を旅してきた。しかし、わたし自身は本当は部屋の中で本を読んでいるのが好きだ。新しい出会いを求めて世界各地を歩く人もいるだろうが、わたしの場合、ほとんどの旅が文化人類学や日本民俗学に関わっている。それも自分で目的地を選んだというよりは、成り行きで目的地が決まったケースがほとんどである。振り返ってみれば、わたしはいろいろな場所を旅してきたが、どうしてもここへ行きたいという気持ちから旅行したことは一度もないような気がする。しかし、これからも、わたしは偶然の成り行きから、あちこちを旅して行くのだろうと思う。

 わたしが初めて海外旅行をしたのは、大学院生のときで、行き先はアラスカだった。当時アラスカ先住民の研究をしていたので、アラスカ大学のオルソン先生ご夫妻が来日されたとき、わたしが札幌の案内役をつとめたのがきっかけであった。札幌はほとんど知らなかったが、何とか案内役をこなし、3人である喫茶店に入って雑談をしていたのだが、そのときわたしとオルソン先生の誕生日が同じ10月3日であることが分かった。その喫茶店で、マリーさんはわたしを養子にすると宣言した。マリー・オルソン夫人はトリンギット・インディアンの出身で、親戚はほとんどチチャゴフ島という島に住んでいるという。それがきっかけで、わたしはアラスカへ行くことになった。海外旅行は初めてで、当時いちばん安かったタイ航空でシアトルまで行った。当時のタコマ空港は複雑で、空港の中で迷子になってしまったことを覚えている。それでも何とかアラスカ航空に乗り換えて、ジュノーという町に着いてオルソン先生の家に泊めてもらうことができた。

 それから、わたしは一人でマリー夫人の親族たちが住むチチャゴフ島に4人乗り飛行機で行った。飛行機は海に着陸し、ゴムボートで島に上陸した。教えられたとおりに、アルバート・ディック氏の家に行ったが、家の中では小さな男の子と女の子が二人でモノポリーをして遊んでいた。夜までその子たちと一緒にゲームをして遊んでいると、やがてディックさんたちが帰ってきて、おまえのことはマリーから聞いているという。その日の夕食にはカズノコが出た。カズノコはヘムロックという木の小枝にびっしりと綿菓子のようにくっついており、アザラシの油をかけて食べるものだった。食べ終えて、わたしがお世辞半分に「デリーシャス」と言うと、トリンギットの人々は大喜びした。

Comments are closed.