もう食べられません?

中崎 崇志

 よく『甘いものは別腹』と言います。もうお腹いっぱい食べた、と思っても、ついついデザートに手が伸びる。伸びるだけではなくて、デザートもいっぱい食べてしまったりしますね。
 しかし、ウシならともかく、ヒトの胃は一つです。当然『別腹』とは言っても、入っていく先は同じ場所。なぜ、満腹なのに甘いものは食べられるのでしょうか。

味蕾の分布 物の味は、舌の上にある“味蕾”という感覚器の中にある受容体で感じ取ります。甘味・塩辛さ・酸味・苦味、この4種類の味が、舌の上の特定の部分で感じ取れるようになっています(右図参照。クリックすると拡大表示します)。例えば、舌の先端は甘味、奥の方は苦味です。小指の爪ぐらいのチョコレートの欠片を舌の先に載せて、噛まずにゆっくり溶かしてみましょう。一度口をゆすいでから、今度は同じチョコレートをそっと舌の奥の方に載せて溶かします。すると、さっきよりもほろ苦さが際立ちます。これは、味蕾の分布の違いから来るものです。
 ギムネマ・シルベスタという植物の葉に含まれるギムネマ酸は、糖分が味蕾の中にある甘味の受容体に届かないようにブロックします。ですから、例えば、ギムネマ酸を含むお茶(ギムネマ茶というのが売られています)を飲みながらミカンを食べると、果汁の甘味が消え、酸味と苦味しか感じなくなってしまいます。

 味覚は、食べるという行動そのものにも大きく影響します。
 食行動に関しては数多くの研究がありますが、その中に、ヒトは、料理の種類が少ない食事や食材の種類が少ない料理よりも、種類が豊富で食材もバラエティに富んでいる食事に興味を持つ、という研究があります。
 目の前にサンドイッチが山ほどあると思ってください。タマゴサンドでもハムサンドでも、あなたの好きなもので構いません。ただし、そこにあるのは1種類だけです。同じサンドイッチだけがどっさり置いてある。飲み物も水だけ。これでは、好きなだけ食べていいですよ、と言われても、すぐに飽きてしまいます。
 同じ味のものばかりを食べ続けると飽きてしまう。こういった現象を感覚特異性飽和とか感覚特異的満腹感(sensory-specific satiety)と呼びます。

 ラットに30分間同じ風味の餌を食べさせ続けると、しばらくして食べるのをやめてしまいます。ところが、その後で別の風味の餌を与えると、また食べ始めます(le Magnen, 1956)。これと同じ現象がヒトでも起こることを、ロールズら(Rolls et al., 1981)が検証しました。ロールズらは、被験者がサンドイッチとヨーグルトを食べる量を調べ、4種類のサンドイッチが用意されているときや、風味が異なるヨーグルトが4種類あるときの方が、種類が少ないときよりも食べる量が多くなる、という結果を得ました。
 違う味を次々に口に入れることで、感覚特異性飽和が起こりにくくなり、食べるという行動が停止しなくなるわけです。

 普通の食事では、一部を除いて、甘味、特に砂糖の甘さが強調された料理は、あまり見かけません。だいたい、塩辛さと酸味、そしていわゆる“うま味”でできています。食事が進むにつれて、塩辛さや酸味、うま味には、感覚特異性飽和が起こります。しかし、それが甘味に変わると『まだ甘味には飽きていない』ので、食べられる。これが『甘いものは別腹』というわけです。

 もう一つ、食行動に関する面白い研究があります。
 ヒトは、一緒に食事をする人数が多いほど、食べる量が多くなる(de Castro & de Castro, 1989)というもの。誰かと一緒に楽しく食事をするということも、最高の味つけなんですね。

 

参考文献

Carlson, N. R. 1998 『Physiology of Behavior (6th ed.)』 Allyn and Bacon.
(現在は第8版が刊行されていて、先日この第8版の日本語訳も出版されました)

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