赤ちゃんはなぜ「かわいらしい」のか?

前川 浩子

養育を引き出す赤ちゃんの「かわいらしさ」 ポルトマン(Portmann, 1951)が「人間は生理的早産の状態で出生してくる」と述べたように、確かに人間の新生児というのは身体的、生理的にはとても未熟な状態で生まれてくることはよく知られています。例えば、馬の赤ちゃんというのは生まれたその日のうちにはもう立って歩くことができますが、人間の赤ちゃんはおよそ生後9ヶ月頃にようやくつかまり立ちをし、ひとりで歩けるようになるのはおよそ1歳3ヶ月頃です。このようなことが理由のひとつとなって、長らく「赤ちゃんというのは何もできない無能な存在」だと思われてきました。昔の育児書には、「赤ちゃんはお目目も見えません、お耳も聞こえません」と書いてあったといいます。

 しかし、1970年代に入ってからは生まれたばかりの赤ちゃんにも様々な能力があることがわかってきました。生後1日目の赤ちゃんに赤いボールを見せるとそのボールを追うように目を動かしますし、ガラガラを鳴らすと音が聞こえる方向に顔を向けることができます。また、ただの水よりも甘い砂糖水を力強くゴクゴクと飲むことが実験からもわかっています。さらに、何もにおいのついていないガーゼと、母親の母乳がしみこんだガーゼを鼻の両側に垂らすと、母親の母乳がしみこんだガーゼの方向に顔を向けます。つまり、生まれたその日から赤ちゃんは目も見え、耳も聞こえ、味やにおいの違いがわかるのです。赤ちゃんは決して無能な存在ではなく、有能な(コンピテントな)存在なのです。

 赤ちゃんは、このような能力を発揮して外界の刺激に積極的に関わり、新しい世界を能動的に経験していきます。しかし、やはりこの能力だけで生きていくことはできません。先ほど述べましたように、生理的早産の状態で生まれてくることは確かですから、赤ちゃんが生存していくためには、養育者にお世話をしてもらうことが不可欠です。では、養育者を自分のもとへ引きつけ、養育を引き出す、つまりお世話をしてもらうにはどのようにしたらよいのでしょうか。

 まず、赤ちゃんは泣くことで養育者を自分のもとへ呼び寄せることができます。そして、養育者に向かってにっこり微笑むことで、養育者を自分のもとへ留まらせることができます。泣く、笑うという行動がシグナルとなって養育者を引き寄せることができるのです。さらにもうひとつ、赤ちゃんには武器があります。それが赤ちゃんの「かわいらしさ」です。動物学者のローレンツ(Lorenz, 1942-43)は、多くの動物たちの幼少期は大きな丸い顔という「かわいらしさ」を共通して持っているということを示しました(右上の図。クリックすると拡大表示します)。子犬を想像してみてください。成犬よりも小さく、丸っこくてかわいらしい姿をしていますね。そして、「このまま大きくならなければいいのに」なんて思ってしまうこともありませんか。このかわいらしい特徴は、赤ちゃんらしさ(babyness)とも呼ばれ、養育者の関心を引き、愛情を注いでもらったり、保護してもらったりすることに有利に働いていると言われています。

 赤ちゃんは生後まもなくから素晴らしい能力で五感をフル回転させて新しい世界を体験しようとします。しかし、自分の生命を維持するためには養育者の助けが必要です。ひとりでは生き延びていけない赤ちゃんは、生まれ持った「かわいらしさ」という武器で、大人を引き寄せ、養育を引き出しているのです。この「かわいらしさ」は、赤ちゃんが生き延びられるように生得的に備えられた「神様からの配慮」なのかもしれませんね。

参考文献

石井富美子 1992 「社会行動の発達」  大日向達子・並木 博・福本 俊・藤谷智子・向井敦子・石井富美子 『発達心理学』 朝倉書店.
大坪治彦 2004 「赤ちゃんの最初の微笑み」  無藤 隆・岡本祐子・大坪治彦(編) 『よくわかる発達心理学』 ミネルヴァ書房.
ポルトマン, A. 高木正孝(訳) 1961 『人間はどこまで動物か ―新しい人間像のために―』 岩波新書.
臼井 博 1991 「愛着の形成と社会性の発達」  内田伸子・臼井 博・藤崎春代 『乳幼児の心理学 ベーシック現代心理学』 有斐閣.

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