作り替えられていく記憶

中崎 崇志

目撃者の記憶についての文献 私たちの記憶は、日々蓄えられていきます。今日観たテレビドラマの場面、新しく学んだ英語表現、誰かとの約束など、その内容は多岐にわたり、枚挙にいとまがありません。
 これらの内容のうち、長期間保存される情報は『長期記憶 long term memory』と呼ばれる貯蔵庫に蓄えられると考えられています。長期記憶には、個人的経験や出来事を蓄えた『エピソード記憶』、知識の源泉である『意味記憶』、運動技能や対象物操作の記憶である『手続き記憶』の3つがあります。エピソード記憶と意味記憶をまとめて『宣言的記憶』と言います。
 けれども、人間は『忘れる』動物です。忘却は、蓄えた情報を取り出せなくなる状態。ならば、取り出せればすべてOKかと言うと、実はそうではありません。例えば、友人と一緒に経験した出来事が、互いの記憶の中で食い違っている、という経験をしたことはないでしょうか。同じエピソードの記憶がなぜ違ってしまうのでしょう?

 ロフタスとパーマー(Loftus & Palmer, 1974)は、こんな研究をしました。
 まず、被験者に自動車事故の映像を見せます。その後で、事故について質問します。事故を起こしたときの車のスピードについて、ある被験者は『車が激突したとき、どのくらいのスピードで走っていましたか』と訊ねられ、別の被験者は『車がぶつかったとき、どのくらいのスピードで走っていましたか』と訊かれました。このとき、『車が激突したとき――』と質問された被験者は、『車がぶつかったとき――』と質問された人たちよりも、よりスピードが出ていた、と回答したのです。

 ロフタスたちは、質問の仕方によって被験者の記憶が変容してしまうのではないか、と考えました。そこで、一週間後に再び同じ被験者を集めて、今度は映像を見せずに事故について質問しました。
 『ガラスが割れるのを見ましたか』という質問について、『車がぶつかったとき――』という表現で質問された被験者51名のうち、『割れるのを見た』と回答したのは7名。それに対して、『車が激突したとき――』と質問された被験者50名のうち、『見た』と答えたのは16名いました。
 しかし、映像の中では、ガラスは1枚も割れていませんでした。それなのに、『激突した』という表現が、よりひどい事故であったかのように記憶を変えてしまったのです。
 この結果から、ロフタスたちは、事故そのものの記憶と、後から補充された外部情報――今の例で言えば、『激突』という表現――が、時間が経つにつれて統合され、互いに区別できなくなる、と主張しました。

 この研究は、心理学の世界のみならず、法律の世界、特に事件や事故の目撃者証言との関連で注目されており、日本でも研究がおこなわれています。
 誘導尋問、という言葉がありますが、人間の記憶は、外部からの情報や圧力で意外と容易に歪んでしまうものなんですね。

 

参考文献

ロフタス, G. R.・ロフタス, E. F. 大村彰道(訳) 1980 『人間の記憶 ―認知心理学入門―』 東京大学出版会.
スレイター, L. 岩坂彰(訳) 2005 『心は実験できるか ―20世紀心理学実験物語―』 紀伊國屋書店.

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