「比較文化論」について

益子 待也

南東アラスカ・メトラカトラのツイムシアン・インディアンが使用するボックス・ドラム(箱型太鼓)

 わたしが教えている講義科目は、文化人類学、比較文化論、日本民俗学の三つです。この三つの学問を比較してみると、文化人類学は、人間の文化のさまざまな形態を探求するために世界中を旅する学問、日本民俗学は、わたしたちにとってなじみ深い日本文化や故郷の民俗を掘り下げて深く考察する学問、そして比較文化論は、その中間にあって両者(文化人類学と日本民俗学)をつなぐ役割をする学問といえるように思います。

 現在、わたしが気に入っているのは「比較文化論」という科目です。というのも、この比較文化論という分野は、未だ学問の権威主義に全く汚染されていないからです。たとえば、ラフカディオ=ハーン(小泉八雲)という名前が文化人類学や日本民俗学の教科書の中に登場してくることは全くありません。また、アーサー王伝説や『グリム童話』や絵巻や人間の視覚性(ヴィジュアリティ)や世界の名前について取り上げている文化人類学や日本民俗学の入門書も、見たことがありません。これらの話題は、まるで文化人類学者や民俗学者にとっては、「学問ではない」かのようです。しかし、比較文化論では、どのような問題でも、人間文化の一つの問題として研究することができます。わたしは、この比較文化論という科目の自由な雰囲気が好きになりはじめています。

 「それは学問ではない」という感覚は、いったい何処から来るのでしょうか。科学史研究者のトマス・クーンという人は、おもしろいことを言っています。クーンによれば、科学者が自分の研究をするのは、すでに例題と解答が暗黙のうちに与えられているときであるといいます。クーンはそのような研究を「通常科学」と呼んで、パズル解きにたとえていますが、世界中のほとんどの研究者は、問いの立て方と解答の存在があらかじめ保証されている「通常科学」を行っているといっていいでしょう。ある意味で、「通常科学」は研究者の視野を狭める役割を果たしますが、多くの研究者が行っているのは、いわば変数の部分を変えているにすぎず、それぞれの研究者は、いわば周囲が見えないような暗箱の中に頭を突っ込んでいるようなものです。研究者が専門性を深めれば深めるほど、視野狭窄に陥ってくるのは、「通常科学」を行うことによって、「それは学問ではない」という感覚が養われてくるからではないでしょうか。

 比較文化論という学問分野が面白いのは、それが未だ学問分野として成熟しておらず、未成の分野として、未だ誰も踏みしめていない新雪を歩くような感覚があるからでしょう。わたしが若い頃、石毛直道という文化人類学者は世界の鍋料理の研究をしており、井上章一という京大の助手は霊柩車の研究をしていました。二人とも異色の研究者でしたが、今日ではそれぞれの学問分野の泰斗として、活躍しておられます。

 「比較文化論」という学問分野では、「それは学問ではない」という言い方は必ずしも通用しません。というのも、これが比較文化論だというような明確な権威が存在しないからです。けっして変則性を賞揚するわけではありませんが、学生の皆さんには自分の好きなことを自由に勉強して、世界に飛び立っていってほしいと思っています。

(右上の図は、南東アラスカ・メトラカトラのツイムシアン・インディアンが使用するボックス・ドラム(箱型太鼓)。クリックすると拡大できます)

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