美術の人類学

益子 待也

 わたしは、文化人類学、比較文化論、日本民俗学などの学問を教えています。これらの学問分野は、それぞれかなり異なっていますし、その研究地域は金沢や能登から、アメリカやアフリカやヨーロッパなど地球規模に広がりますので、その学問的な面白さを短いことばで伝えるのは、とてもむずかしいです。しかし、あえてわたしが携わっている学問分野の共通性を抽象的な言い方で述べるならば、「ある時代に生きたある人間集団が何かを共有している」という考え方を採ることである、と言えるのかもしれません。むろん、どんな時代に生きた人であっても、同じ人間であることには違いありません。また、世界のどの地域に住む人であっても、わたしたちと同じ感情をもっていることは、テレビで「世界ウルルン滞在記」などを見ていても、分かることです。しかし、ある時代に共有されていた「常識」が、別の時代には「常識」でなくなってしまうということも、よくあることです。たとえば、日本の古代や中世では、「夢」や「名前」は、今のわたしたちが考えるような「夢」や「名前」とは、少し違ったものとして理解されていました。また、日本のなかで通用する「常識」が、世界の別の文化では通用しないことがあることも、これまた「世界ウルルン滞在記」などを見ていて、分かることです。

 わたしがいま興味をもっているのは「美術の人類学」というテーマです。たとえば、「遠近法」を知らない人々は、「遠近法」を用いて絵を描くことはないでしょう。また、同じ図形を〈見た〉としても、北アメリカの北西海岸に住む「インディアン」と呼ばれる人々は、わたしたちとは違うように、その図形を認識するかもしれません。次の写真はわたしがアラスカで撮影したものです。左の写真は、米国のアラスカ州のアドミラルティ島という小島にあるアングーンという村で撮影した「茶色熊」の「紋章」です。右の写真は同じアラスカ州のチチャゴフ島のフーナーという小さな村で行われた「ポトラッチ」という儀式の一コマです。これらの写真には、茶色熊やカエルや鷲の「紋章」(トリンギット語で「アトゥー」という)が写っていますが、現地に住むトリンギットの人々にとって、それらは単なる動物ではなく、自分たちの祖先が命がけで獲得した、いわば家系のシンボルなのです。

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