生物の進化と絶滅

小原 金平

 『38億年生物進化の旅』(池田清彦(著)、新潮社)というタイトルの本を読んだ。極めて興味深い本だ。想像したり考えたりする材料が一杯詰まっている。といっても、実際には想像もできないような話が一杯である。これらの話には答えのない疑問が湧いてくるが、前後の関係なく取り出してぼんやり考えるのに最適だ。さて、タイトルにある38億年というのは、地球に最初の生命が出現してから現在までの時間である。実感としてまったく見当もつかないが、時間の単位としての1億年とはどれくらいの年月なのだろう。宇宙が誕生したのが150億年前で、地球が生まれたのが約46億年前だという。それから8億年もかかってやっと最初の生命が生まれたらしい。それも海ができてから2億年を要したのである。最初の生命といっても単細胞であるからまさに原始的だ。しかし、この事実ですら、海という環境がお膳立てされていなければ起きなかったことである。それから多細胞生物が出現するまでに十数億年が経過しなければならなかった。地球の歴史のかなりの部分は単細胞生物の時代だったことになる。これには驚かざるを得ない。酸素濃度が高くなったのが要因だそうで、環境と生命が密接な関係にあることをここでも実感する。

 ところで、生物の進化と適応について考えるとき、突然変異と自然選択という常識的なことでは不十分であることを知った。大きな進化については、環境に適するように形が徐々に変化していくのではなくて、先に形が変わり、それにあわせて環境を選択していくというのが基本的パターンなのである。例えば、クジラは約5千万年前にはオオカミほどの大きさで陸上を歩行していたという。しかし、足が弱くなり、より生きやすい水中に移動したという。有翅昆虫も最初は翅が3対あったという。これは飛ぶためには不便であり、飛ぶために翅ができたとは考えにくい。飛ぶことを覚えたら2対になった。本当だろうか。

 地球の歴史というと、恐竜は最も一般的関心の高い生物であろう。大きな専門的な博物館が各地にある。展示会の人気も“超”がつく催し物である。先日のニュースによれば、中生代の海を泳いでいた首長竜プレシオサウルスが、卵を産むのではなく胎生だったことが化石から分かったそうで、爬虫類と哺乳類の境界がいっそうぼやけたような気がする。さまざまな恐竜がいたようだが、ジュラ紀から白亜紀までずっと同じ顔触れではなかったようで、一つの種は100万年から200万年で滅び、また別の種が発生したのだという。一億年の内にどれだけの種が生まれ滅びたのだろう。

 人類の歴史は恐竜に比べればはるかに身近な話題である。しかし、猿人から現代人類までを辿るのは容易ではないという印象をうける。旅路は単線ではなかったのである。絶滅の繰り返しの中で一系統だけが現代人になった。その過程にはいろいろな仮説がある。いつからことばを話せるようになったかもわからない。ネアンデルタール人が話す能力を持っていたかどうかもわからない。数万年前までは、ネアンデルタール人、フローレス人(インドネシアのフローレス島で発見された)、そしてホモ・サピエンスの3種の人類がいたのに、現在は一種のみが残っている。多様性の消失は絶滅の方向への一段階なのだろうか。ウマやサイなどの奇蹄類も絶滅の危機に瀕しているとのことで、人類もその道を歩んでいるのかも知れないという著者の結びのことばが印象に残った。

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