泣く男

大場 昌也

 最近はよく泣く。それも大の男が、である。答弁中に泣いて首相の座を棒にふった(といわれる)政治家K、その筋との関係が知れて何を勘違いしたか後輩たちの手本になると称して引退した芸能人Sなどである。

 人は誰でも泣く。しかし、古今東西、特に人前での男の涙は禁じられてきた。日本でも男は泣いてはいけないことになっている。負けた甲子園球児や娘を嫁にやる父親の涙は例外である。

 一方、女の涙はたいていの場合許され、しばしば同情され女性らしいものとしてしばしばエレガントに受け止められる。例えば、英語では、女性の涙はfemale とは言わず fragile や feminineを使って表現する。
 男はこれをフェアーでないと感じているが、フェアーでないと抗議すること自体が男らしくないと言われるので黙っている。

 実は、男は女の涙に当惑し、うろたえながら、同時にウソっぽさを感じている。以前、大場ゼミに行くと女の子は泣かされるという聞きようによってはアブナイ噂が流れたことがある。大学教師として、例えば卒論指導で6カ月前、1カ月前にどうしても言っておかねばならないことがある。教師は卒論だけでなくその学生の人生に責任があるからである。で、その仕事をしていると突然泣きだすのである。

 女の涙で厄介なのは、なぜ泣いたのかがわからないことである。しばしば本人に聞いてもわからないことがある。男の涙はおおむね「悔し涙」であるが、女のそれは「悲し涙」でただわけもなく悲しいということがあるらしい。
 そこに男はウソっぽさを感じる。英語ではウソ泣きをcrocodile tears(ワニの涙)という。
 ワニは与えられた餌を食べる前にウルウルと目に涙を浮かべるのだそうである。これは私見であるが、ワニは目と口が未分化のためいわば「よだれ」が目から出るだけなのだと思う。ともあれワニには気の毒だがワニの涙のウソっぽさを表す比喩としてこれは絶品である。

 最近、泣くことがストレス解消の特効薬であることが分かってきた。一度泣くと身体の不都合があちこちリセットされて健全な状態に戻るのだそうである。泣いた後「今泣いたカラスが・・・」状態でウソのように食欲が出る女や世界中どこでも男より長生きする女の原因がここにあるのかもしれない。
 であるとすれば、この特効薬は男にも享受させてもらいたい。少なくとも男には女と同じく長生きする権利は認められてよい。

 そもそも男と女の境界は難しくプリズムの色のようにはっきりした区別のないものだ。第一次性徴と第二次性徴だけで区別してきたのはもっぱら社会的・政治的理由による。当然、女っぽい男もいれば、男っぽい女もいる。戦うことが男の使命だった時代は遠くなり、戦わない勇気をめざすのが男も女も超えた地球人全体の使命となった現代である。

 男も女も大いに笑おう、そして泣こう。少なくとも、テレビの「水戸黄門」くらいは思い切り泣かせてほしい。

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