心理学で発達的変化をとらえる方法:縦断的研究の大変さと面白さ 【心理学コラム】

前川 浩子

 今年も4月に健康診断がありました。この年齢になると、一年前の結果に比べて身長が伸びていたということはありませんし(むしろ、数ミリ縮んでいることにショックを受けるのですが)、一年前どころか、中学生の時から私の身長はずっと横ばいのまま、変化はないと言えるでしょう。しかし、たいていの場合、思春期あたりまで、人の身長や体重といった身体的特徴は時間の経過とともに変化していくことはよく知られていることです。そして、このような身体的特徴だけでなく、私たちの行動や心の働きが、時間の経過とともにどのように変化するのかを明らかにすることも、発達心理学の分野ではとても重要なことだと考えられてきました。発達心理学では、この「時間の経過による変化」を調べるために、2つの方法が一般的に用いられてきました。一つは横断的研究(cross-sectional method)、もう一つは縦断的研究(longitudinal method)です。

 横断的研究では、年齢や時間による行動や心の働きの違いを一度にとらえることができるという長所があります。たとえば、「子どもの語彙は年齢によって増えていくのだろうか?」ということを調べたいと思ったとします。そのときに、ある保育園にお願いをして、3歳児のクラスで子どもたちが話している様子を観察させてもらい、活動中に子どもたちが何語くらい話しているのかを数えてみます。次に、4歳児のクラスに行って同じことをします。そして最後は5歳児のクラスに行きます。こうすれば、一日で3歳、4歳、5歳の子どもたちの語彙がどのくらいあるのかを調べることができますね。その結果、年齢が上がるにつれて語彙数が増えていくということがわかるかもしれません。つまり、横断的研究では、短期間のうちに年齢による違いを把握することが可能になります。ただ、気をつけなければならないのは、3歳、4歳、5歳の子どもたちは別々の子どもたちであるということです。つまり、この時3歳だった子どもが一年後に4歳になったとき、本当に語彙が増えているのかということについてはこの横断的研究ではわかりませんし、語彙の増加に、時間的な経過だけでなく、どのような要因(たとえば、友達が何人いるとか、本をどのくらい読むのか、テレビをどのくらい見ているのか)が影響しているのか、ということ(難しい言葉では「因果関係」と言います)はわからないのです。

 これに対して、縦断的研究では、同じ人や同じ集団を対象として、1年後、2年後とずっとその人たちを“追いかけて”調査や実験をしていきます。時間も労力も手間も経費もかかりますが、この方法によってようやく、人の行動や心の働きが時間によってどのように変化するのか、そして、変化は時間以外のどのような要因の影響を受けるのか、ということがわかってくるのです。

 私自身、約3年前から「子どもの社会性の発達」というテーマで仲間とともに縦断研究を始めました。主にお子さんのお誕生月に年1回のアンケートをお送りするというスタイルになりますが、年齢に応じて調査項目を追加したり、削除したりする必要もあり、お子さんたちの成長に私たちの準備が追いつかないかも!と不安になってしまうこともありました。大変さもありますが、それでもこのような縦断研究を通して、ご協力下さるご家庭と継続した「つながり」を持つことができることに感謝しています。

 では最後に、ニュージランドで行われている1000人規模の長期縦断研究の結果についてご紹介したいと思います。この研究では、1972年4月1日から1973年3月31日までにニュージーランドのダニーディン市にあるクイーン・メアリー病院で生まれた子どもたちが対象となりました。同じ子どもたちを生まれた頃から、ずっと追いかけて研究を行っているのですが継続率は97%(対象児が21歳時点)ときわめて高く、これがダニーディン縦断研究のひとつの強みとなっています。このような高い継続率を維持するため、研究者たちは様々な努力をしているであろうことが想像されます。
 さて、このダニーディンの研究のうち最近読んだ論文で興味深かったのが「A 32-Year Longitudinal Study of Child and Adolescent Pathways to Well-Being in Adulthood」というものです。この研究では「大人になったときにウェル・ビーイング(心理学的幸福)を感じる人は、子ども期や青年期にどんな経験をしているのか」という問いに対する答えを実証的に明らかにしています。大人になったときに「しあわせだ」と感じている人、つまり、人から信頼されたり、職場でうまくいっていたり、趣味を楽しめる仲間がいるといった心理的にも社会的にもよい状態である人というのは、大人になる前の青年期に仲間や親友といい関係が築けていて、学校が楽しいと思えて,クラブなどに参加し,自分に強みがあると感じられるという「社会的なつながり」を経験していたということでした(下図を参照してください)。言われてみれば「当たり前」のことかもしれません。しかし、「当たり前だ」と思っていることを、このようにたくさんの時間と手間をかけて明らかにしていくことこそが心理学の役割であり、社会貢献であると言えるでしょう。

 青年期というのは、まさに高校生や大学生として過ごす時期です。この時期に「社会的なつながり」を感じる経験をどれだけできるかということが、大人になったときの「幸せ貯金」になるのかもしれませんね。

 

参考文献

Olsson, McGee, Nada-Raja, & Williams (2012)  A 32-Year Longitudinal Study of Child and Adolescent Pathways to Well-Being in Adulthood, Journal of Happiness Studies
Silva, A. S., & Stanton R. W. (1996). From Child to Adult ――The Dunedin Mutidisciplinary Health and Development Study. Oxford University Press.
  (シルバ, A. S.・スタントン, R. W 酒井厚(訳)(2010). ダニーディン子どもの健康と発達に関する長期追跡研究――ニュージーランドの1000人・20年にわたる調査から 明石書店)

 

Dunedin_study

大人になったときにウェル・ビーイングを感じる人:ダニーディンの研究から
(クリックすると拡大します)

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