木下順二『夕鶴』(1950) 【リレーエッセイ:書評】

中西 茂行

 木下順二『夕鶴』(1950)は、昔話『鶴の恩返し』、『鶴女房』に題材を求めた民話劇である。登場人物は、けがをした鶴を助けた農夫与ひょう、鶴の化身で与ひょうの女房つう、千羽織で大儲けをたくらむ村人惣どと運ず、そして子供たちである。

 教養科目「社会学」の授業で毎年、一度か二度、『夕鶴』を教材として取り上げることがある。社会学を教えて30数年、本学に赴任して27年目、そのことに変わりはない。
ただ、ある時期から、受講生の反応に一つ大きな変化が生じている。「木下順二の民話劇『夕鶴』を知っている人、脚本を読んだことのある人、ビデオなどで見たことのある人」と問いかけると、ある時期までは、確実に手を挙げる学生さんがいたのが今は全くいない。「昔話の鶴の恩返しは、知っているでしょ」と聞くと、以前も今も変わりなく全員が知っている。
 今回、リレーエッセイを書評形式で書くにあたり、採り上げるべき作品を探しあぐねた末、この作品と決め少し調べ物をした。そして、上の社会学受講者の反応の変化の謎が解けた。
 清水節治によると、『夕鶴』が教科書に登場したのは昭和27年で、その後、「『夕鶴』は次第に有力教材として採録の数を増やし、昭和四十年代には高校での「定番」となるに至った。高校ではやがて姿を消すことになったが、代わって中学教科書に登場しはじめ、一九九〇年代の初め頃までは、五社中の三社が採録するほどだった。それも現行ではとうとう一社となった。(『月刊 国語教育』1999・1) 〔教科書の風景11

 上に引用した清水氏の説明から推測すると、どうも12年か13 年ほど前、2000年前後に私の授業で木下順二『夕鶴』を知らない学生が大勢を占めるようになったようである。
 木下順二(1914-2006)が、当初、鈴木棠三『佐渡島昔話集』(柳田國男編『全国昔話記録』三省堂、昭和17年)を題材に第二次大戦中に「鶴女房」を創作した時には「鶴の恩返し」風のもっと泥臭い報恩の物語だったという。全国にある昔話の『鶴の恩返し』や『鶴女房』は、民俗学やユング精神分析家が注目する「見るなの禁(鶴がその正体を見られて去っていくという不幸)」、「異類婚姻譚の一類型(人間の男が他の動物のメスと結ばれることで幸福がもたらされるという類型)」などで注目されている。それに対して、木下順二は、戦後、新劇女優山本安英(1902-1993)を鶴の化身「つう」と想定し、旧作『鶴女房』をいわば彼女のための民話劇へと変貌させた。その際、その内容は単なる恩返しから大きく変貌を遂げるのである。

 木下は、山本安英の発するつうの言葉を「純粋な日本語」とし、惣どや運ずの発する言葉を「(方言的表現とはいえ、日本人に通じる)共通の日本語」として区別した。そして、そこに「異質の(二つの)世界」を表そうとしたのである。そこには、人と人とのあいだにコミュニケーションが成立するか否かの問題が込められていた。
 要するに、木下順二の『夕鶴』は、われわれの住む近代社会、資本主義社会を歴史的構成の中に置き、その人間的意味を問うた作品へと変貌したのである。
 私は、社会学の授業で、「コミュニケーション」「働くこと」「都市の文化的誘引力」について理解を深めるためにこの作品を教材として使っている。ここでは、異質の世界の住人の間では交わり合うことのないディスコミュニケーションを考えるために作品脚本から2箇所引用しておく。

 舞台上、与ひょうの家で、運ずが惣どにつうの織った千羽織で儲けた話をしている場面。
 いつの間にか帰って来たつうが、奥の部屋からすっと出る。

運  ず  わっ。
惣  ど  あっ。こ、こら、留守の間(ま)に上がりこんで……
つ  う  ……?(鳥のように首をかしげていぶかしげに二人を見まもる)
運  ず  へい、おらはその、向こうの村の運ずっちゅうもんで、あの布のことでいつもどうも与ひょうどんに、……
つ  う  ……?
惣  ど  そんで、なあかみさんよ、実はその、布のはなしをこやつから聞いて……おらもむこうの村の惣どっちゅうもんだが、ちょっと話があって来たもんだ。……全体それは、こういっちゃ何だが、ほんなもんの千羽織かね?
つ  う  ……(ただいぶかしげに見ているが、ふと物音でも聞いたように、身をひるがえして奥に消える)

 

 与ひょうは、惣どと運ずから、つうにまた千羽織を織るようにそそのかされ、ついには、自分の中に目覚めた欲望(「お金」のこと、「都」のこと)を抑えることができずつうに迫る。

与ひょう  布を織れ。すぐ織れ。今度は前の二枚分も三枚分もの金で売ってやるちゅうだ。何百両だでよう。
つ  う  (突然非常な驚愕と狼狽)え? え? 何ていったの? いま。「布を織れ。すぐ織れ」それから何ていったの?
与ひょう  何百両でよう。前の二枚分も三枚分もの金で売ってやるちゅうでよう。
つ  う  ……?(鳥のように首をかしげていぶかしげに与ひょうを見まもる)
与ひょう  あのなあ、今度はなあ、前の二枚分も三枚分もの金で……
つ  う  (叫ぶ)分らない。あんたのいうことが何にも分からない。さっきの人たちとおんなじだわ。口の動くのが見えるだけ。声が聞こえるだけ。だけど何をいってるんだか……ああ、あんたは、あんたが、とうとうあんたがあの人たちの言葉を、あたしが分らない世界の言葉を話しだした……ああ、どうしよう。どうしよう。どうしよう。

 

 わらべ唄をうたう子供たち、その子供たちにからかい遊ばれる与ひょう、そして、子供たちの遊びの輪の中にいるつう。この世界では、「純粋な日本語」がコミュニケーションの用をなしている。それに対して、惣どと運ずそして欲に目覚めた与ひょうの話す「共通の日本語」が通じる世界は、それとは異質の世界である。
 脚本中、あたりが急速に暗くなって、つうの姿のみ光の輪の中に残る、というようなト書きがあって、つうの長い独白(モノローグ)が演じられる場面が二度ある。そこには、作者がこの民話劇に込めた主題が凝縮されているように思える。関心のある人は目を通してほしいものである。私は、授業でこの独白部分を読み上げる際には苦労する。「純粋な日本語」を読むのがなぜか気恥かしいのである(ずっと以前、学生さんに代わって読んでもらったこともある)。

 終わりに、山本安英の『夕鶴』を観劇した事のあることを記しておきたい。今から28年ほど前のことである。与ひょう役は、確か、宇野重吉(1914-1988)であった。宇野重吉といっても若い学生諸君が知る由もないだろう。『ルビーの指環』のヒットで有名な寺尾聰の父親、と言ってもこれもヒントにならず。時は過ぎにけり。

 

参考文献

 木下順二『夕鶴・彦市ばなし』新潮文庫 草89 1954
 鈴木棠三『佐渡島昔話集』(柳田國男編『全国昔話記録』三省堂、昭和17年)
 宮岸泰治『木下順二論』岩波書店、平成7年

 

『夕鶴』舞台

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