「心」で話そう

ゴードン・ベイトソン

 日本では,2月と3月は学校での一年が終わろうとする時期で,とてもドキドキします。多くの学生は試験の準備をして,そして試験を受け,その結果を心配しながら待ちます。そしてまた,ロマンチックなワクワク感もありますね。それは,2月のバレンタインデーと3月のホワイトデーを祝うからです。この気持ちが高揚する季節に,とても役に立つ「心」についての表現があります。

 歴史学や地理学のようないくつかの科目では,あなたが“know it by heart(暗記する)”まで,その科目に関する重要な詳細のすべてを記憶することが,目的です。これは,あなたが調べなくても,簡単にかつ素早く詳細を思い出せる,という意味ですね。

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Speaking with your heart

Gordon Bateson

February and March are exciting times in Japan as the school year comes to an end. Many students are preparing for exams, then taking exams, and finally waiting anxiously for results. There is also romantic excitement in the air, as we celebrate Valentine’s Day in February and White Day in March. In this season of high emotions, there are several English idioms about the “heart” which may come in useful.

In some subjects, such as history and geography, the aim is to memorize all the important details about the subject until you “know it by heart”. This means you can easily and quickly remember the details without needing to look anything up.

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人の移動と社会学【人間学への招待】

中西 茂行

 30年程以前のことになるが、国立民族学博物館の東ヨーロッパの展示コーナーでジプシー(ロマ ※注)たちのすみかである「ルーロット(家馬車)」を見たことがある。綺麗な内装が施されたそのキャンピングカーのような乗り物の説明文に、「主人が死ぬと、この馬車は燃やすことになっている」という風なことが書かれてあり、軽いショックを受けた覚えがある。私の脳裏に浮かんだのは、多分、その頃学んだ日本民俗学の本に取り上げられていた、九州、瀬戸内海の漁民の生業のための家産、「家船(えぶね)」の扱いとの相違であったと思う。漁業を生業とし、近世に至るまであるいは明治期に至るまで、ほとんど海上の船で家族が生活を成していたこの漂泊民の人たちは、移動する生活という点では、「ルーロット」で各地を移動するジプシーの人たちと似ている。しかし、移動手段、生活資産に対する扱いがまるで違う。一方は、焼却してしまう。他方は、末子相続と言って、一番末の子に家産として譲り渡すのである。(竹田旦, 1970, 『「家」をめぐる民俗研究』)。
 つい最近、私のこの軽いショックに答えてくれる文章に巡り合った。その著者は、ジプシーの「ルーロット」焼却のことを述べ、続けて、次のようなエピソードを紹介している。 »続きを読む …人の移動と社会学 【人間学への招待】

「いのち」のこと【リレーエッセイ:書評】

前川 浩子

『あなたのために いのちを支えるスープ』 辰巳芳子 著 文化出版局 2002年

 しりとり。それは,5歳になる姪と私のお気に入りの遊びだ。

 大人にとっては簡単なしりとりも,相手が5歳の子どもとなると軌道に乗るまではなかなか大変で根気が必要だ。前の人が言った単語の最後の文字から始まる単語を言うんだよとか,「ん」で終わる単語を言ってしまうと負けだよといったルールを5歳児にもわかるように説明しなくてはならないし,いざしりとりが始まると,5歳児にもわかる単語を作らないといけない。少しでも理解できない単語を言おうものなら,「ねえ,それってなに?」と質問攻めだ。それでも,子どもというのは飲み込みが早いもので,しばらくするとスムーズにしりとりが続くようになる。5歳児の語彙力にも驚かされることもしばしばである。そんなある日,いつものしりとり遊びの中で姪が発した言葉,それが「いのち」だった。
 「いのち」という言葉の意味を彼女が本当に知っているのかどうかはわからない。それでも,小さな女の子から発せられた「いのち」という言葉に静かな感動を覚えたことは今でも忘れることができない。

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三匹の動物の終の旅【リレーエッセイ:書評】

『コーラの木の下で』

水井 雅子

『コーラの木の下で - ライオンとゾウとハシビロコウの終の旅』 びごーじょうじ 作・絵

 軽妙洒脱な絵とともに語られる、三匹の動物の旅の物語は、子供向けの絵本ではない。副題に「終の旅」とあるように、死を間近に控えた老いた動物たちの物語であり、作者自ら老母を介護した体験から語られる、「老い」と「死」、「生きること」への考察でもある。
主人公たちが、ライオン、ゾウ、ハシビロコウという動物の姿を取っているのは、舞台をアフリカにすることによって寓意性を上げるためのリアリティーへの配慮と、人間であるよりは直接性が避けられたということ、またユーモアを出すことができたということ、そして人間世界への痛烈な批判をオブラートに包みつつ且つ説得力を持たせるための、実に巧みな設定である。

 年老い、脳梗塞を患って体が不自由になり、リハビリ生活を余儀なくさせられた独り者の老ライオン、「耳以外成長障害」という奇病のために、耳だけは普通の象の大きさだが体が育たなかった小さな老ゾウ(彼は子象のときからいじめられどおしで、死ぬ前に一度で良いから輝きたいと願っていた)、そして、何時間でも身動き一つせずに「待つ」ことによって水辺の魚を取って暮らしてきたのに、これまた年老いて動体視力や反射神経等、運動神経全般に支障をきたし、肩や首の凝りや痛み、腰痛、膝痛に悩まされるハシビロコウ。それぞれが、今後を考えて一歩を踏み出したときに、この三人(三匹)は出会った。

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